太郎坊のそよ風

認定NPO法人 富士山測候所を活用する会 スタッフブログ


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 懇親会会場で学生発表表彰を受ける佐藤丈徳さん

2019年1月11-12日に岐阜大学で大気電気学会が行われました。

東京理科大学三浦和彦教授の喜びの声をお伝えします
 ”1月11日、岐阜市で開催された日本大気電気学会第97回研究発表会において東京理科大学理学研究科物理学専攻修士課程2年の佐藤丈徳君が学生発表表彰を受賞し、懇親会で表彰されました。表彰理由は、昨年の1月7日に東京理科大学で開催された第96回研究発表会で発表した「2016-2017年の東京スカイツリーで観測された新粒子生成の季節変化」に対するものです。講演内容は富士山とは直接関係ありませんが、佐藤君は富士山観測の設置、点検、撤収作業にも参加し、都市大気と山岳大気の比較もしています。61名の講演者から座長が若干名を推薦し、後日、要旨を元に運営委員会が最終選考し、3名が選出されました。実に20倍という高倍率で選出されたもので、とても価値あるものです。(事務局長・三浦和彦)


この学会では、富士山測候所を活用する会の関係者が多数出席し、関連発表が4件ありました。大気化学関係が3件 宇宙線科学・大気電気1件です。
懇親会では、大気電気学会の会長を歴任し、現在顧問である東京理科大学教授三浦和彦先生が、乾杯の音頭を取りました。

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  研究発表を行う東京理科大・横山慎太郎さん

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  研究発表を行う東京理科大・乾諒介さん

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 研究発表を行う東京理科大・市毛友彬さん

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 研究発表を行う東京学芸大・鈴木智幸氏

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    乾杯の音頭をとる三浦教授


今年も、新年から嬉しいニュースで始まりました。富士山測候所を使った研究がますます発展することを祈ります。

(広報委員会)

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      成蹊高校から見た富士山

明けましておめでとうございます!

年の瀬も押し迫った昨年12月30日に、鴨川先生から届いた写真です。インスタにも入れましたが、鴨川先生のスプライト観測グループは武蔵野市の成蹊中学・高等学校の屋上で装置の設置の傍ら、快晴の空に映える富士山を写してくださいました。

成蹊高校と云えば、「成蹊気象観測所」で有名です。1926年に、当時尋常科理化教諭であった加藤藤吉先生が,気象観測法に準拠した観測を、教育の一環として導入され、1959年から「成蹊気象観測所」の名称で学園の組織として観測報告を発行を開始しておられます。一時期、東京管区気象台の甲種補助観測所に指定されたこともあり、その観測精度には定評があります。成蹊気象観測所では気象パラメータの観測のみならず複数の遠方の目標物に対する視程観測も1960年代から開始しました。

当初より大気汚染の観測を意図したもののようで、1973年の所謂オイルショックを契機として,視程が著しく改善されたことがわかり、大気汚染との関連が明確にされるなど、継続された観測データは貴重です。 

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    宮下敦教諭(現在同大理工学部教授)による成蹊気象観測所の歴史の紀要

2017年度成蹊学園資料年報に、成蹊気象観測所長の宮下敦先生(鴨川グループで富士山の観測にも参加されています。現、同大理工学部教授)がまとめられたところによると「上昇は大気汚染の改善とともに都市の乾燥化によるもの」とのことで、大気汚染のみならず温暖化や都市化の指標としての価値も考えられています。
1960年(昭和35年)から続く成蹊高校のでの富士山視程観測。観測当初では年間50日程度の可視であったものが現在では150日ぐらい見えるようになっています。この上昇は大気汚染の改善とともに都市の乾燥化によるものとみられています。

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  6方向の視程観測の結果(同文献より)

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 成蹊気象観測所の位置 東経 139度34.5分,北緯35度42.5分,海抜 56m

東京学芸大学と成蹊高校との共同研究は、富士山頂インタラクティブレクチャーなど多岐にわたっています。
今年は、成蹊高校田中博春教諭と学芸大鈴木智幸博士による冬季プライト観測に加え、夏季中は富士山頂と成蹊高校との夏季スプライト同時観測を行う予定です。

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  冬季スプライト観測メンテナンスおよび夏季スプライト観測の準備

(広報委員会)

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 東京事務所「小さい図書館」に新しく加わった資料

  昨年の野中勝氏(野中到・千代子夫妻のお孫さん)訪問で頂いた資料などを基に、今年の春、ホームページにバーチャル博物館・野中到・千代子資料館を開設して以来、測候所の歴史に興味を持つ方からの問い合わせが増えています。同時に、関連資料をお寄せ下さる方々もあります。

 12月初めに、『富士案内・芙蓉日記』(野中至・千代子著、大森久雄編、平凡社ライブラリー、2006)の編者大森久雄様にお会いしましたが、早速、ご著書『山の名作読み歩き』(山と溪谷社。2014)を頂きました。237-244ページには、野中千代子「芙蓉日記(抄)」が載っています。また、野中千代子を扱った書籍として、日本山岳会編 覆刻『富士案内』(大修館書店)、その附録『新選 覆刻 日本の山岳名著 解題』(手配中ですがまだ入手していません)、『明治・大正を生きた女101人』(『歴史読本』編集部編 ,新人物文庫、2014:p125-136、「野中千代子」大森久雄)や、『女の旅:幕末維新から明治期の11人』(山本志乃著、中公新書、2012、第7章「野中千代子)などを教えて頂き、長年の「野中到・千代子」研究のお話しを伺うことができました。藤村郁雄元測候所長の書状や、『山と溪谷』誌に載った野中到のエッセイ「不二雪中登山」、日本山岳会『会報』に載った記事(永原輝雄:野中到翁晩年の富士登山)など、手に入りにく貴重な資料のコピーもいただきました。

 大森さまのメールでは:
  ”「芙蓉日記」の会 とでもいうような懇親・情報交換の集まりができたらたのしいな、などとも思っています。”
 という魅力的なお誘いを受けています。

 また、野中勝様からも本年8月にさらに資料をスキャンや撮影させて頂き、目下リストを作っているところです。書籍についての情報も頂いていますので、入手次第アップします。


 ちょうど、このブログを書き始めていた先週、元予報部長清水逸郎氏(富士山レーダー設置に尽力) の御遺族から、『富士山頂の気象』(昭和39年)と『富士山の気象観測90年』(昭和49年、富士山測候所)をご寄贈いただきました。

 本NPOは日本人の宝である(旧)富士山測候所を、レーダー観測が終わって無人化された後も越境大気汚染、宇宙線科学などの研究に役立てようという目的で始まった研究者主体のグループです。 そのため、観測研究関係者、つまり理系のメンバーが多く、歴史研究については素人の集団ですが、先人の御苦労の結晶である(旧)富士山測候所を活用する上て、その歴史を知ることも大切です。

 当面は、このようなチャンスで、頂いた貴重な資料を出来るだけ正確に多くの方々に見て頂けるような、整理法を模索し、ホームページに公表したいと考えております。ご賛同、ご協力いただける方のご連絡をお待ちします。

窓口:NPO法人富士山測候所を活用する会
監事・佐藤政博、広報・土器屋由紀子 dokiya@edogawa-u.ac.jp
 
(広報委員会)




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