太郎坊のそよ風

認定NPO法人 富士山測候所を活用する会 スタッフブログ

S__5947442
 東京理科大ポルタ7階で行われたデータ検討会

1

東京理科大学総合研究院大気科学研究部門と認定NPO法人富士山測候所を活用する会が主催する「富士山大気観測2019データ検討会」が12月14日土曜日に東京理科大PORTA会議室で行われました。 

このデータ検討会は、
NPOが富士山頂の夏季観測を始めて以来の年末の行事になっています。
初期には、夏の間に苦労してとりためたデータを整理して、卒論、修論などにまとめる一歩手前の検討段階でお互いに議論しあうのが主要な目的で、
当時気象研究所の五十嵐先生が科研費基盤研究Aの一つの行事としてスタートし、理科大の三浦先生の山岳大気科学研究部門(当時)によって引き継がれたものでした。


 <<データ討論会の参加者は38名。
発表者はベテランの先生から大学4年生まで、幅広い研究者で構成されていました。
1人持ち時間は、発表と質疑応答合わせて15分。
13:00~ 5時間開催されました。
『5時間も?長そう・・・』と思う方もいらっしゃるかもしれませんが・・・
なんと予定では45分間取る予定のコーヒーブレイクも、
30分に時間を削ってまで行っておりました!!
白熱した“アッ”という間の充実した討論会でした。

その討論会の内容をホンの少しだけお伝え致します。
IMG_1203

IMG_1202
 2019 データ討論会の様子、会場は活気で溢れておりました。


 2019年7月23日の停電(御殿場落雷による山頂の停電)がありました。
この停電の直後にCO2濃度が急増したことを首都大の辰巳さんが話すと、
座長の帝京科学大の和田先生から、
「実はNOy濃度もこのころ上がってます」というようなコメントがあり、
早稲田の山脇さんのVOCs濃度も上がっているなどという話が出て、
この日の不安定な気象条件のなかで「何か」あったのだろうか、これから検討しよう。

ということになるのは、
富士山を足場にいろいろな角度から観測している本NPOならではの議論の特色です。


 最近では長年の蓄積の上にまとまった内容が濃い発表も目立つようになって
非常に聞きごたえのある講演も増えています。
早稲田大学・大河内教授は、徳島大・竹内教授と熊本大・戸田教授の研究を併せて
紹介されましたが、今後各々の学会で発表される内容のものでした。


最後に、理科大の三浦先生が総合討論で、
今年の夏の特徴を関係者の意見を聞きながらまとめてゆきました。

  "・3号庁舎のインレットのコンタミ?ポータブルセンサーとの比較(8/9)感度が低い
  ・7/17-18、 NOy高濃度、NO,NOは変化なし。
  ・7/23停電(雷活動)以後、 高濃度CO2,410→480、NOy日較差が大きい
  ・7/23-26 VOC 7/23高く、その後は減少(山脇)、イソプレン日変化、
   山頂は夕方高い、太郎坊は午前中上昇(戸田)
  ・7/26ゾンデ。ドローン
   山頂 7時、11時新粒子生成(金沢大、理大とも)
   太郎坊
   光学的厚さ 太郎坊なし、山頂0.02-0.05 
   経年変化
   粒子濃度  2015-2018年減少傾向(PM2.5と同期)
          2019はかなり低い  なせ?
   雲水 pH、N/S比 2006-2019増加
   微量金属 2013-2019傾向が?
   大気中VOCs 2012-2019 BVOC増加、2015-2019気温増加"

三浦先生が、入力されるたびに会場から声が上がり、話題についての花が咲きました。

S__5947454
データ討論会の最後の総合討論。富士山頂での各研究のデータを照らし合わせて
どのような事象が起こっているのか話ができる貴重な時間。


[富士山頂の測候所]という同じフィールドにおいて様々な分野研究がなされ、
そのデータを研究者同士で共有、意見交換できるという点がとても印象深いものでした。
学会の発表とは異なり、まさにこの[データ討論会]の醍醐味だと思いました。

IMG_1205 (1)

image3
もちろん検討会の締めくくりは懇親会

富士山測候所は、
研究環境だけでなく、研究者のヒト同士の繋がりを
広げてくれる場所でもあるのだと
今回のデータ討論会に参加させていただき発見した次第です。>>

以上(<<  >>)は、今年夏の観測の裏方として事務所を手伝ってくださったボランティアスタッフ・千夏さんがデータ検討会に参加した感想です。


(広報委員会)





司会者と裕子さん
  大学女性協会の奨学生として紹介を受ける鈴木さん

2011年から2015年の間夏の富士山で活躍した東京学芸大学大学院(当時)の鈴木裕子さんを覚えている方は多いと思います、彼女は大学院終了後、第58次越冬隊員として、南極観測に参加し2018年3月に帰国後は情報・システム研究機構国立極地研究所の広報室に特任専門員として勤務しています。

メールリストでもご連絡しましたが、鈴木さんの帰国後の報告会の一つが、11月3日、津田塾大学千駄ヶ谷キャンパス会議室で、大学女性協会東京支部の講演会として行われました。

11月3日津田塾大学千駄ヶ谷キャンパス会議室 

「宇宙と地球を近くに感じられる場所・南極」

講演中
  オーロラの色について説明する鈴木さん

「南極観測の重要性を一般の方々に知らせるために」極地研の広報室にいる彼女の話は大変分かりやすく楽しいものでした。
 
 南極の夏(11月から次の年の2月まで)は100人以上が昭和基地に滞在していますが、3月になると夜が長くなり、鈴木さんの属する「宙空圏」グループの観測が本番を迎えます。第58次の越冬隊員は33名、それぞれの専門は違いますが、女性は6名、最近では多い方だったそうです。

 富士山で雷やスプライトの研究をしていた鈴木さんにとって、「雷の発生が少ない」とされていた南極で、実はそうではないのではないかということが知られるようになり、その調査を含めたプロジェクトへの参加でした。ライダー観測、レイリーラマンライダー、6H観測。ミリ波観測などが中心ですが、オーロラの観測も含まれます。詳しい内容は目下論文執筆中とのことです。

 当日の話題は、南極観測一般にわたり、夏の間だけしか船が接岸できないために越冬隊が必要なこと、南極大陸の地理、南極観測の歴史に始まり、昭和基地の生活一般、白夜から極夜に至る変化、ドームふじ(2000m)への小旅行。お湯をまくと一瞬に氷ができて花火のように広がって輝く話。蜃気楼、
ペンギン、アザラシの子育ての話、消火訓練や極夜でLEDの光で育てたミジンコの話など、1時間半の講演が短すぎると感じるほどでした。

 長めにとってあった質問時間には、物理学者による「ファインマン教科書の間違い」に関するものもあり、良く勉強していることがわかる応答で、富士山で仕事をしていたころの高校出たての可愛い鈴木さんが、いつの間にかすっかりしかりした研究者に成長していることがわかりました。講演の中でも触れられていましたが、厳しい自然条件にもめげずに富士山頂を利用した経験がこのような進路に結び付いたことは、旧測候所の利活用を続けているNPOにとっても大変嬉しいことです。

 富士山を経験した若い人たちが、新しい分野で益々活躍されることを祈っています。
(広報委員会)




nissi
 富士山測候所のNPOの業務日報

富士山頂での気象観測は、1932年(昭和7年)に西安河原でスタートし、1936年に「中央気象台富士山頂観測所」が正式名称となり、山頂剣が峰に新庁舎を建設し移転して以来、2004年(平成16年)富士山測候所が無人化するまでの72年間は、気象庁の職員が常駐して「有人で行われていました。

この有人観測時代に山頂で働いていた職員が日々の生活をつづった「カンテラ日記-富士山測候所の50年」(ちくま少年図書館90、社会の本、1985)の著者・中島博氏によると
昭和7年から現在まで、日夜休むことのない気象観測が50年間続けられ、多くの人々がこの仕事に従事した。山頂に勤務した人が毎日の出来事や感想をつづった日誌がある。これを「カンテラ日誌」という。この日誌の昭和12年から現在までのものが、ほぼ完全に保存されている。
・・・・・
長い年月、多くの人びとが書き残したもので、中には読みにくいもの、わかりにくいものなどがあり、これらの記録には手を加えた。また富士山測候所の仕事とか生活の変遷が分かるように、解説をつけたので本の標題は『カンテラ日記』とした

ー「はじめに」より
とあります。

著書には「首都圏空襲(1944年11月24日)」、「地方都市も(1945年7月10日)」、「被弾(同年7月30日)」と戦争中の測候所や、「米兵登山(1945年9月19日)」、「英旅客機墜落(1966年3月5日)」のなどの記事もあり、非常に面白く貴重な記録です。現在残っているのは中島氏の上記の著書だけで、最近、その原典が失われてしまったことは誠に残念です。

気象庁は、業務日報でないことと、個人情報が含まれること、移転に際して場所がないなどの理由で廃棄されたと聞きましたが、いま、気象庁だけでなく、日本の官公庁の資料のアーカイブに関する定見のなさはとても先進国と思われないお粗末さで、目を覆うものがあります。

ひるがえって、いまは富士山測候所は本NPOが2007年以降12年間にわたって気象庁から借り受けていますが、夏季約2ヶ月間の利用にあたっては有人管理体制が義務付けられており、山頂班3名が常駐し管理運営にあたっています。

山頂班は、「業務日報」に当日の業務内容、トラブル、問題点、特記事項などを記載し、翌朝までにはクラウドを利用したグループウェアを使って報告。御殿場基地班(御殿場市内)、事務局(東京都千代田区)、そして本NPOの運営委員(理事)等、運営に関わる地上の関係者が山頂で起きている日々の情報を共有しているのです。

この記録は、現在は電子化されたままでもアーカイブ化されています。これからも夏の2ヶ月間だけとはいえ標高4千㍍級の富士山頂の有人管理の貴重な記録として、業務日報を次代に残していくことは我々の責務であると、今回の記事を読んで改めて考え直させられました。

(広報委員会)

このページのトップヘ