太郎坊のそよ風

認定NPO法人 富士山測候所を活用する会 スタッフブログ

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      成蹊高校から見た富士山

明けましておめでとうございます!

年の瀬も押し迫った昨年12月30日に、鴨川先生から届いた写真です。インスタにも入れましたが、鴨川先生のスプライト観測グループは武蔵野市の成蹊中学・高等学校の屋上で装置の設置の傍ら、快晴の空に映える富士山を写してくださいました。

成蹊高校と云えば、「成蹊気象観測所」で有名です。1926年に、当時尋常科理化教諭であった加藤藤吉先生が,気象観測法に準拠した観測を、教育の一環として導入され、1959年から「成蹊気象観測所」の名称で学園の組織として観測報告を発行を開始しておられます。一時期、東京管区気象台の甲種補助観測所に指定されたこともあり、その観測精度には定評があります。成蹊気象観測所では気象パラメータの観測のみならず複数の遠方の目標物に対する視程観測も1960年代から開始しました。

当初より大気汚染の観測を意図したもののようで、1973年の所謂オイルショックを契機として,視程が著しく改善されたことがわかり、大気汚染との関連が明確にされるなど、継続された観測データは貴重です。 

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    宮下敦教諭(現在同大理工学部教授)による成蹊気象観測所の歴史の紀要

2017年度成蹊学園資料年報に、成蹊気象観測所長の宮下敦先生(鴨川グループで富士山の観測にも参加されています。現、同大理工学部教授)がまとめられたところによると「上昇は大気汚染の改善とともに都市の乾燥化によるもの」とのことで、大気汚染のみならず温暖化や都市化の指標としての価値も考えられています。
1960年(昭和35年)から続く成蹊高校のでの富士山視程観測。観測当初では年間50日程度の可視であったものが現在では150日ぐらい見えるようになっています。この上昇は大気汚染の改善とともに都市の乾燥化によるものとみられています。

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  6方向の視程観測の結果(同文献より)

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 成蹊気象観測所の位置 東経 139度34.5分,北緯35度42.5分,海抜 56m

東京学芸大学と成蹊高校との共同研究は、富士山頂インタラクティブレクチャーなど多岐にわたっています。
今年は、成蹊高校田中博春教諭と学芸大鈴木智幸博士による冬季プライト観測に加え、夏季中は富士山頂と成蹊高校との夏季スプライト同時観測を行う予定です。

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  冬季スプライト観測メンテナンスおよび夏季スプライト観測の準備

(広報委員会)

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 東京事務所「小さい図書館」に新しく加わった資料

  昨年の野中勝氏(野中到・千代子夫妻のお孫さん)訪問で頂いた資料などを基に、今年の春、ホームページにバーチャル博物館・野中到・千代子資料館を開設して以来、測候所の歴史に興味を持つ方からの問い合わせが増えています。同時に、関連資料をお寄せ下さる方々もあります。

 12月初めに、『富士案内・芙蓉日記』(野中至・千代子著、大森久雄編、平凡社ライブラリー、2006)の編者大森久雄様にお会いしましたが、早速、ご著書『山の名作読み歩き』(山と溪谷社。2014)を頂きました。237-244ページには、野中千代子「芙蓉日記(抄)」が載っています。また、野中千代子を扱った書籍として、日本山岳会編 覆刻『富士案内』(大修館書店)、その附録『新選 覆刻 日本の山岳名著 解題』(手配中ですがまだ入手していません)、『明治・大正を生きた女101人』(『歴史読本』編集部編 ,新人物文庫、2014:p125-136、「野中千代子」大森久雄)や、『女の旅:幕末維新から明治期の11人』(山本志乃著、中公新書、2012、第7章「野中千代子)などを教えて頂き、長年の「野中到・千代子」研究のお話しを伺うことができました。藤村郁雄元測候所長の書状や、『山と溪谷』誌に載った野中到のエッセイ「不二雪中登山」、日本山岳会『会報』に載った記事(永原輝雄:野中到翁晩年の富士登山)など、手に入りにく貴重な資料のコピーもいただきました。

 大森さまのメールでは:
  ”「芙蓉日記」の会 とでもいうような懇親・情報交換の集まりができたらたのしいな、などとも思っています。”
 という魅力的なお誘いを受けています。

 また、野中勝様からも本年8月にさらに資料をスキャンや撮影させて頂き、目下リストを作っているところです。書籍についての情報も頂いていますので、入手次第アップします。


 ちょうど、このブログを書き始めていた先週、元予報部長清水逸郎氏(富士山レーダー設置に尽力) の御遺族から、『富士山頂の気象』(昭和39年)と『富士山の気象観測90年』(昭和49年、富士山測候所)をご寄贈いただきました。

 本NPOは日本人の宝である(旧)富士山測候所を、レーダー観測が終わって無人化された後も越境大気汚染、宇宙線科学などの研究に役立てようという目的で始まった研究者主体のグループです。 そのため、観測研究関係者、つまり理系のメンバーが多く、歴史研究については素人の集団ですが、先人の御苦労の結晶である(旧)富士山測候所を活用する上て、その歴史を知ることも大切です。

 当面は、このようなチャンスで、頂いた貴重な資料を出来るだけ正確に多くの方々に見て頂けるような、整理法を模索し、ホームページに公表したいと考えております。ご賛同、ご協力いただける方のご連絡をお待ちします。

窓口:NPO法人富士山測候所を活用する会
監事・佐藤政博、広報・土器屋由紀子 dokiya@edogawa-u.ac.jp
 
(広報委員会)




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   会場の風景

12月7日(金)13:00-17:50、東京理科大学8号館835教室に35人が出席して、今年の夏の山頂研究の報告会が行われました。

 講演は一人の持ち時間が15分で、討論に5分をかけて、十分な討論を行い「採れたて」の生データがどんな意味を持っているかを色々な角度から検討する場として設定されている恒例の検討会です。初めて人前で話をする若手も含まれており、今年は16件の講演が行われました。

 例年、新しい参加者や発見がありますが、それに加えて、12年目ともなると、過去11回の蓄積の上に組み立てられて、がっちりした研究も目立ち始めていました。配られるプリントもだんだん厚みを増しているようです。

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会場で配られた資料・・・厚みを増して、ギリギリまで頑張って作った形跡が・・

 新聞ニュースなどでは「異常な暑さ」が印象的だった今年の夏は富士山頂ではどうだったのだろうか?12年間の夏季観測の中で、山頂の環境が変わったのだろうか?その中でも2018年の夏を特徴づけるは何か?といった議論がそれぞれの分野からデータに基づいて、出され、活発な議論が時間ぎりぎりまで続きました。

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  忘年会を兼ねた懇親会で

 18時からは場所を移して忘年会を兼ねた懇親会で今年の締めくくりとなりました。今年の一般学会の発表では学生ポスター賞などに加えて、3名の中堅研究者による学術賞の受賞があったことが、本ブログを賑わわせていましたが、来年さらに富士山研究が発展してゆくことを期待しています。

(広報委員会)





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