太郎坊のそよ風

認定NPO法人 富士山測候所を活用する会 オフィシャルブログ

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杓子山山頂から富士山をバックに

”2021年11月7日に富士山の北の山で開催されたトレイルランニングの大会(富士吉田杓子山パノラマトレイルラン)にでてきました。
小規模なイベントではありましたが、富士吉田市の地元の方がとても協力をして開催してくださり、本NPOもお世話になっている粟井英朗環境財団の粟井晶子理事長も挨拶にこられていました。(手提げも提供)
堀内のりこ大臣(東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当ワクチン接種推進担当)も挨拶されました。雪が降り始めた雄々しい富士山を一望でき、秋の楽しい一日を過ごすことが出来ました”
加藤理事からはいつものように、控えめなメールがきました。


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        大会のパンフや手提げなど

2019年の本ブログでもご紹介しましたが、
本NPOの加藤俊吾学術科学委員長は知る人ぞ知る「鉄人アスリート」です。

今年も、富士山の北の山トレイルランニングに参加し、約20kmのロングコースで、
2時間42分52秒は驚異的な速さで、堂々の16位で完走。(男子46歳以上112名中)

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活発な研究活動だけではなく、地域のイベントにも参加、快走、素晴らしいですね。


(広報委員会)

認定NPO法人富士山測候所を活用する会とは

2004年に無人化され、いずれ取り壊しの運命にあった旧富士山測候所。
富士山測候所を活用する会は、この施設を国から借り受け研究・教育の拠点にしようという構想で、2005年に大気化学や高所医学などの研究者が主体となって立ち上げたNPO法人です。

また
富士山頂という厳しい環境の中、その修理費・維持費や、運営費など
年間3000万円という莫大なコストが掛かかるのです。

しかしながら、資金面に関しては、
公的補助もなく研究利用費だけで運営しております。

そこで、皆様からご支援、会員になっていただき未来へ
つなぐ研究の手助けをどうぞよろしくお願いたします。

本NPOは、認定NPO法人(認定NPO法人は全NPOの2%しかない)のです。
ご寄付に関しては、控除もありますので詳しくはウェブサイトなどでご確認ください。



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毎日新聞(12月6日)

6月16日の本ブログで新潟県立松代高校での
大河内副理事長の講演についてご紹介しました。

新潟県立松代高校の生徒さんたちが
大気中に浮遊するマイクロプラスチックを観測する取り組みを
始めたことが、12月6日の毎日新聞に掲載されました。




その活動の指導者である
早稲田大学理工学部創造科学研究院の大河内博教授が
11月16日に松代高校を訪問して、
屋上に設置した観測装置の取り扱いを指導したことが報告されています。

上の記事の写真は始動の様子です。

大河内教授グループはすでに、東京・新宿のほか
北海道、大阪など統一基準の装置を用いた観測を行っており、
松代高校が10番目の観測地点になるとのことです。

高校生による取り組みは初めてで、
生徒さんたちは屋上の雨水採取装置で雨量を計測しながら
落ちてくるマイクロプラスチックが付着したフィルターを回収し、
大河内教授の所へ送る役割を担います。

「環境問題は自分に関係のない他人ごとのように思われがちだが、
自分自身の目で見て自分ごとにしてほしい。」
という大河内先生に、
「作業は丁寧に細かい部分にも気を使いながら行うので難しかった。チーム一体となって努め、次の世代に引き継ぎたい」
とチームリーダーの小野嶋生さん(16歳)の発言があり、頼もしいです。

この研究ネットワークがますます広がって行くのが楽しみですね。

(広報委員会)

認定NPO法人 富士山測候所を活用する会とは?
2004年に無人化され、いずれ取り壊しの運命にあった旧富士山測候所。
富士山測候所を活用する会は、この施設を国から借り受け研究・教育の拠点にしようという構想で、2005年に大気化学や高所医学などの研究者が主体となって立ち上げたNPO法人です。

また
富士山頂という厳しい環境の中、その修理費・維持費や、運営費など
年間3000万円という莫大なコストが掛かかるのです。

しかしながら、資金面に関しては、
公的補助もなく研究利用費だけで運営しております。

そこで、皆様からご支援、会員になっていただき未来へ
つなぐ研究の手助けをどうぞよろしくお願いたします。

本NPOは、認定NPO法人(認定NPO法人は全NPOの2%しかない)のです。
ご寄付に関しては、控除もありますので詳しくはウェブサイトなどでご確認ください。




大河内

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          報知新聞・1896年(明治29年) 3月6日「富士山巓の概況」
資料は、当時の新聞コピーで、野中至が冬の富士山の状況を調べるために1896年(明治28年)1月、2月という厳冬期に富士山に登った記録を伝える新聞記事コピーです。日本山岳会の『覆刻 解題』に書くために40年ほど前に国会図書館で調べたもので、国会図書館では当時の新聞はマイクロフィルムになっていて、それをどこに何が書いてあるのか、わからない、という状態のなかで探し出して該当箇所のコピーを頼む、という汗みどろの作業の結果のものです。
新田次郎の小説『芙蓉の人』では、至のこの冬富士調査を「この事実を報道した新聞はなかった」とされていますが、実際には実態に即応して新聞が状況報告をしているのです。『芙蓉の人』は文芸作品であって、フィクションがありますから、それを歴史資料(史料)として扱うのは適当ではないという一つの典型的な例です。
今後、至の事績を調べる人が、わたしの40年前の苦労しなくてもいいように、このコピーを事務所で保管していただきたい、誰もが見られる状態にしておいていただきたい、というのがわたしの願いです。
(大森久雄氏談)
芙蓉日記の会もコロナ禍でなかなか集まる機会がとれなかったのですが、11月20日(土)NPOの新しい事務所に初めて3人が集まり、Zoom遠隔で3人が加わり、あわせて6人で久しぶりに打ち合わせ。少人数でしたが、実りの多い集まりになりました。

実は、昨年新たに発見された資料の情報を野中様からいただいていたのですが、その翻字などにも時間がかかり、この日まで公開は延び延びになっていました。今回の打合せでその公開方法を含め初めてホームページに掲載することを決め、先日11月21日に公開したものです。



この資料は中央気象台長から野中至に宛てた1896年(明治29年)9月4日付けの文書です。当時、野中は山頂安河原で通称「野中小屋」という木造建物を建てその耐久性などを実験していたそうですが、中央気象台が第2次極年観測にあたり、この建物を借用させてもらいたいという内容の文書で、当時の中央気象台の動きを裏付ける大変貴重な資料とも言えます。

野中至は気象台長からの申し出に対し返信をしたのですが、今回見つかったのはその返信の「本書」ではなく、自筆の返信の控え文書や「野中小屋」の略式平面図のメモで、今回はこれらを一括して新たにホームページで公開しました。

気第199号ABC

公開にあたっては、資料カードの書き方も上の図のように統一することにしました。
  • A:原本の画像(一切触らない)
  • B:翻字, 原本Aと同じ体裁 (縦書きのまま主筆は赤色) にしたもので漢字は旧漢字のまま
  • C:資料名, 読みなど、(横書き、主筆は赤色) とし, 漢字は新漢字に変換
しかし、今回の集まりのもう一つの収穫は、何と言っても冒頭の写真にある資料です。研究会の長老・大森久雄氏(NPO会員) が「汗みどろ」になって探し当てたという野中至の厳冬期の登山の様子を伝えるいまから125年前の新聞記事のコピーで、百枚以上もあります。

芙蓉日記の会はこの貴重な資料をデジタル化して整備するとともに、NPOの事務局内に原本も保管する場所を確保し、大森氏の言われるように「野中至(到)・千代子に関することなら、本NPOに聞けば正しいことがわかる」ようにすることを目指したいと思っております。
(芙蓉日記の会)







芙蓉日記の会は認定NPO法人富士山測候所を活用する会の中の同好会です。2019年に発足し
を運営しています。

認定NPO法人富士山測候所を活用する会とは
2004年に無人化され、いずれ取り壊しの運命にあった旧富士山測候所。
富士山測候所を活用する会は、この施設を国から借り受け研究・教育の拠点にしようという構想で、2005年に大気化学や高所医学などの研究者が主体となって立ち上げたNPO法人です。

また
富士山頂という厳しい環境の中、その修理費・維持費や、運営費など
年間3000万円という莫大なコストが掛かかるのです。

しかしながら、資金面に関しては、
公的補助もなく研究利用費だけで運営しております。

そこで、皆様からご支援、会員になっていただき未来へ
つなぐ研究の手助けをどうぞよろしくお願いたします。

本NPOは、認定NPO法人(認定NPO法人は全NPOの2%しかない)のです。
ご寄付に関しては、控除もありますので詳しくはウェブサイトなどでご確認ください。

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