2017年「山の日」。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席クラリネット奏者であり世界最高のクラリネット演奏者の一人であるヴェンツェル・フックスさんと物理教育も専門とする私(東京学芸大学鴨川仁)とのコラボで、富士山頂での演奏実験が実現。

「なぜ、山頂で演奏?」と思う方もいらっしゃるでしょう。言うまでもなく管楽器の音の根源は管内の空気の振動であり、大気圧が約三分の二である山頂での演奏することは非常に難しいと予想できるからです。

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しかし、下の動画をご覧ください。フックスさんの演奏は見事。山頂の日の出とともに奏でる演奏はお鉢に鳴り響いて降り、多くの登山客を魅了していました。

今回の実験では、登山中、スタートの五合目から一合ごとに演奏してきましたが、少なくとも私には演奏の質が変わることは判別できず・・・そこでフックスさんに「本来難しいはずの山頂で、どのように吹いているのか?」と問うと、返ってきた答えは「気合」。ユーモアあふれるフックスさんらしい回答でした。

後日、同じくベルリン/フィルハーモニー管弦楽団の首席フルート奏者であり、日本中で絶大な人気を誇るエマニュエル・パユさんと、フックスさんと雑談している時、フックスさんと私の登山の話を聞いたパユさんも「富士山登りたいなぁ」と。

つい私も山頂で演奏してみませんか?と声をかけると、「いや、八ヶ岳高原音楽堂(Google Mapで調べると標高1600 m弱)でも演奏に苦労したから難しい」とのお返事。そして「ヴェンツェルは、マウンテンボーイだからできるんだよ(笑)」と。

そう、フックスさんは外見からは想像できないほど強靭な肉体で(登山もハイスピードでした)、お酒なども驚くほどお強いお方。世界一流の方の凄さを感じた登山実験でした。

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 富士宮9合目での演奏(クリックで再生)

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 山頂での演奏(クリックで再生 *ファイルサイズが大です)


・・・後日談

2017年12月1日、土器屋理事がHGH市ヶ谷で開かれた友人の松本深志高校の同窓会で『富士山測候所の今』と題して講演を行った。講演の中でこのコラボの話をとりあげたところ、参加者のIさんから「ぜひ聴いてみたいので、フックスさんの演奏のURLを教えてもらいたい」と強い要望があったという。土器屋理事にクラリネット演奏のURLを送ったのは、12月19日になってから。3日後の21日には「早速、Iさんから反響があった」とのメールが届きました。以下にご紹介します。


1日の同期会では貴重な企画とお話をいただき ありがとうございました。私は幸田文の名文『崩れ』を思い出しながら土器屋さんのお話しを伺いました。

URLを開けて画像も拝見しました。フックス氏の演奏した曲はモーツアルトの「クラリネット協奏曲 イ長調K.622」の第二楽章、プッチーニのオペラ「トスカ」 の名アリア「星は光りぬ」、それに、(ちょっと何だかヘンな)「浜辺の歌」の一部で、 気分よろしく吹いてましたね。フルートやオーボエ、 クラリネットの演奏家は持ち運びやすいので、どこに出かけるにも楽器を忍ばせて携行する人が多いようです。

私は音大に勤め始めた頃、山岳部( といってもヒヨワな体躯の学生ばかりで、ワンゲルとか、お散歩クラブと言った方がいいくらいのタヨリナイ部員ばかりでし たが・・・)の顧問をやらされ、一度だけ、ムリかなあ・・・と心配しつつも、上高地から涸沢・ 奥穂に連れて行ったことがありました。

夜行で早朝に松本に着き、島々からバスで上高地に入り、 徳沢で最初のキャンプを張り、翌日は涸沢で2回目のキャンプ、 ゆっくり余裕の行程だったのにも関わらず、慣れない設営や自炊でモタモタして、全員が動きが鈍くなり、3日 目の朝は全員バテ状態となり、この先、行くのはヤダ!と言い出した。

「勝手にせい!」と私はそこで連中を見限って、予定していた奥穂~前穂~岳沢~ 上高地を一人優雅に踏破しました。引率としては実に無責任極まる行動でしたが、 幸いにして事故もなく、部員は大4の部長の統率下、全員無事下山、帰京した次第でした。

なんでこんな話を書いたかと言いますと――、私が前穂頂上に着いたとき、 下方谷底から妙なるフルートの音が聴こえ、それがウチの学生の吹いているものだと分かったので、 しばし聴いたのちに「おーーーい!おーーーい!」と下方に向かって絶叫的に呼びかけたのでしたが、 応答はありませんでした。

ただ、前穂の頂で聴いた笛の音は、 ちょうど涸沢がドームの底のような具合になり、立ち上るガスと溶け合うかのように、 何とも言えない音色となって真下から聴こえたので、しばし呆然と聞き惚れた・・・というオハナシ。長話、失礼しました。(I)


なお、当日の土器屋理事の講演要旨を、主催者K氏のまとめから主要部分を引用してご紹介します。みなさんいろいろな観点から富士山測候所に興味を持ってくださったようです。

『富士山測候所の今』(講演要旨)
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気象衛星の発達で富士山レーダーの観測が終了し、2004年に無人化された富士山測候所を2007年から、NPO法人「 富士山測候所を活用する会」が気象庁から一部を借用して、夏期2 ヶ月研究教育目的で開放している。今年で11年目、10周年を迎 えた。

越境大気汚染観測などに最適なこの施設が取り潰されるのを恐れた研究者たちを中心に、2005年にNPOを結成し、公的援助一切なし、会費と寄附、助成金などで、規制の厳しい国立公園内、極地と云える厳しい気象条件の中を無事故でこの活動を続けている 。

利用者数は若手を中心に増え続け、多くの研究分野、 大気電気、宇宙線科学、永久凍土、高所医学、教材開発など、気象庁時代には使えなかった分野を含めて延べ400-500人が 毎年山頂に滞在し、研究成果を上げている。その他地球化学、地球物理(落雷と関連現象)、医学(高山病)、 社会連携などなどが山頂での研究テーマを提出している。

山頂付近の落雷が大量のガンマ線を放出する事実は、高エネルギー素粒子研究分野に一つの新たな光を投げかける発見か? 富士山頂の研究活動は日程にも制約があり、官庁の指導も厳しく、また原資の集約も大変苦労で、今後何処まで頑張れるかは最大の課題。
(鴨川 仁)

 【お詫び】フックスさんの演奏画像からのリンク先が誤っていたため、1月3日および4日にこのページを訪問された一部の方には演奏を聴いていただくことができず、大変ご迷惑をおかけしました。(1月4日午前11:20回復)