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 時之栖ではこの季節は夜になるとまばゆいばかりのイルミネーションが飾られる


Tsona is here !

17時には第一日目の口頭発表も予定通り終わり、登録受付デスクも閉めた。今日までに登録を予定していた海外からの参加者の中で未登録者は Narcisse T. Tsona(カメルーン)ただ一人となった。査証の申請手続きが間に合わなくて来れなくなったのだろうか、と半ば諦めかけていた。

21時頃だと思うが、レストラン麦畑で食事の後ホテルに引き返したところ、玄関前に横付けされたタクシーからひとりの人物が降りて来た。すでに周囲は暗かったが、黒い人影だったので「もしかして Tsona?」と話しかけた。

びっくりした様子でニッコリ。間違いなく本人だった! 羽田から電車を乗り継ぎ御殿場まで行って、そこからタクシーで来たとのこと。夜も遅いのでフロントに案内し、部屋に行ってもらった。


Tsona は山東大学(中国)に在籍するポスドクである。てっきり中国人と思ってメールのやり取りをしていたのであるが、VISA申請書類を準備する中でカメルーン国籍であることを知った。

彼とは8月にクレジット決済のことでメールのやり取りがあったが、9月になるとメールはもっぱら入国の手続きに関する依頼と催促になった。
「大学から公式の招待状(Official Invitatation letter)の提出を求められているので送ってもらいたい」(9/18)
「まだ招待状が届かない。これがないとVISAの申請手続きに進むことができないので早くお願いしたい」(9/26)

催促を受けて招待状を送ったのは、最初の依頼を受けてから9日後の9/27だった。この初動対応が後々にしわ寄せが行くことになった。会議も迫った10月最終週になってようやく査証の申請手続きに進むことができたらしい。メールの間隔は短くなり、次第に切羽詰まってくる。
「VISA申請のための書類一式を作って送ってもらいたい」(10/24)
半日かけて書類を作り、急ぎ押印した書類のPDFをメールに添付して送る。
「PDFではなくて本書(original document)が必要だと言われた。領事館で最初からそう言ってくれればいいのに・・・」とメールには愚痴まで (10/25)
「もう時間がないので、送るのはEMS(国際スピード郵便)にしてください」(10/26)
外務省に電話し、書類内容と本書でなければならないということを確認のうえ、半蔵門駅前郵便局からEMSで郵送(同日)
「書類がまだ届かない。どこまで行っているか調べたいので EMS の追跡番号を教えてください」(10/30)
「市内まで届いていることは確認できた。明日には配達されると思います」(同日)
これ以降 Tsona からの音信は途絶えたままになっていた。
夜、ホテルの部屋に戻ってから、関係者に「Tsona is here ! 」とメールを打った。

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 口頭発表するTsona(11月9日)

(*) Tsona には事務局の不手際で大変迷惑をかけることになり申し訳ないことをした。彼はてっきり「楽天的でのんきなカメルーン人」を想像していたが、会ってみるとむしろ正反対の真面目な好青年であった。

中国では学生に化学を教えており、「将来は研究者というよりは教師になりたい」のだとか。初来日なのに忙しいらしく、会議後は慌ただしく羽田へ向かった。「今度はワイフと一緒に来たい」と言っていたが、そのときはゆっくりと日本を満喫していってもらいたいものだ。

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 Tsona(中央)を挟んでRoss Petersen(左)鴨川(右)11月9日ポスター会場にて