花粉粒子候補第一号!?
富士山測候所を活用する会では山頂の施設を開かれた研究・教育の拠点として広く一般に開放していますが、2015年度からは学生だけを対象にして、教育的観点から学生の自主的な運営による調査研究活動に助成を行う「学生公募」も行っています。
2018年度の学生公募で応募し採択された京都大学農学研究科の三木健司さんから、京都大学の学内のレポート宇宙総合学研究ユニット NEWS 2018 年 11 月号に掲載した寄稿文が送られてきました。ご本人曰く「かなりカジュアルな研究紹介」ということですが、とても面白い読み物となっていますので、ご本人の了解を得て以下にご紹介させていただきます。
富士山と宇宙を花粉でつなぐ
三木 健司
京都大学農学研究科 博士課程
日本学術振興会 特別研究員 (DC2)
生物圏は地上からどの程度離れたところまで広がっているのか?その縦方向の生物圏の広がりを知るために、1970年代ごろからロシア(ソ連)やアメリカを筆頭に、高高度(主に対流圏上部から成層圏下部)における微生物をはじめとした生物粒子の存在を調べる研究がはじまった(Wainwrightら(2006)*1)。これらの研究は、惑星間を微生物が移動しているとする“パンスペルミア説”を研究する宇宙生物学者らにより始められた研究であるが、最近では高高度に上昇した生物粒子が越境長距離輸送にも関係していることが判明したため、地球科学者、特に大気生物学者らにも注目され始めている。
日本でも成層圏下部における生物粒子のサンプリングは行われてきている。その結果、納豆菌などが中国大陸からの黄砂に付着して日本まで辿りつくという研究結果が広く知られるようになり、書籍*2や黄砂により飛来した納豆菌から作った納豆*3なども販売されている。
しかし、現状では、高高度に生物粒子が存在していることが分かっているだけに留まっており、なぜそこまでの高度まで飛散できるのか、どのようなものが飛散しているのかはまだわかっていない。また、このような研究の調査は非常に難しく、どのようにして高い高度から生物粒子を取得するのか(飛行機実験は予算が高い!気球実験は気象や条件により実験機会がかなり限定的!) という問題がある。そこで、これらの問題の解決策の可能性の一つとして、『大気生物学的調査のための富士山山頂における花粉採取実験 (POSTMANプロジェクト)』を立ち上げた。
POSTMANでは富士山山頂に設立された富士山測候所において花粉粒子を取得し、花粉粒子の高高度上昇を捉えることを最終目的としている。富士山山頂は海抜3,776 mであるため、高度に関しては先行研究に比べてかなり低いが、家屋で安定した実験が長時間にわたり行うことが可能であり、かつ富士山は成層火山であることから周囲環境が均一であるため、実験環境としては非常に優秀であると考えられる。採取対象として花粉を選んだ理由は、研究代表者の三木が花粉飛散を専門としているからであるが、他にも以下の理由がある。第一回のPOSTMANの実験は、予備実験として2018年9月6日午前11時から翌日7日午前7時までの20時間にわたって行われた。実験方法は、富士山山頂で大気から空気を吸引し、運搬された粒子を粘着性のプレパラートに吹き付け、細胞壁に反応して青紫色の着色反応を起こす溶液とともに封入することにより行った。この実験により、着色反応や形状から判断して、花粉の可能性がある粒子を数粒捕集することに成功した(写真1)。これらが花粉粒子である場合、目視で確認できる形としては(恐らくそして願わくば)初めて、富士山山頂で花粉粒子と思われる粒子の採取に成功したことになる(写真2)。
- 花粉は植物が存在しない限り飛散しないので、森林限界以高において採取された花粉は全て高高度への上昇過程にあるといえる。
- 花粉は捕集した個体を溶液に溶かすことなく識別・カウントできるため、どのような種類が飛散しているのかを花粉の物理的特徴から複合的に解析が可能。
- 花粉はバイオエアロゾルのなかでも最大の粒径を持っているため、花粉を宿主とした細菌やウイルスが多数花粉粒子に感染している可能性がある。このため、一粒の花粉粒子が多数の細菌やウイルスを“飛行船”のように運搬する可能性があり、細菌・ウイルスの複雑な生態系(ウイルスは生物ではないが)を解明する可能性がある。
- 上述のように、花粉は最大のバイオエアロゾルである。この大きさから、花粉粒子は長距離飛散することはなく、飛散後すぐに沈着すると考えられている。このため、花粉の高高度飛散を集中的に扱った研究はほとんどないため、新たな花粉飛散の研究を開拓できる可能性を持つ(失敗する可能性も同時に持つ!)
(写真1) 花粉粒子候補第一号 (写真2)実験メンバーと富士山測候所の岩崎山頂班長
本実験結果の速報は認定NPO法人富士山測候所を利用する会のホームページ上に公開されている。URL:https://npofuji3776.jimdo.com/研究速報2018/研究速報-7-三木健司-京都大学/
今後、この予備実験の経験をもとに、より建設的な実験を行えるよう計画する予定である。
謝辞
・本実験は認定NPO法人「富士山測候所を活用する会」が富士山頂の測候所施設の一部を気象庁から借用管理運営している期間に行われました。また、認定NPO法人「富士測候所を活用する会」から学生実験への資金支援をいただきました。
・本実験はJSPS科研費18J12315の助成を受けたものです。
注釈
*1 Wainwright, M., Alharbi, S., Wickramasinghe, N.C., How do microorganisms reach the stratosphere? (2006) International Journal of Astrobiology
*2 岩坂泰信, 空飛ぶ納豆菌, PHP サイエンスワールド
*3 そらなっとう, 金城納豆食品
なお、注釈にある岩坂泰信氏は当NPO法人の理事であり、2012年5月に開催された特別講演会で「3000m上空で見つかった納豆菌について思う:北東アジア域の大気監視・管理」と題して、大陸からはるか上空を渡って飛んでくるロマンいっぱいの納豆菌についてお話していただきました。
また、本実験の結果は2019年4月の国際学会 "The surface ocean - lower atmospheric study Open science conference"で発表予定とのことです。2019年度の富士山測候所夏期観測の公募は12月1日にHPで告示されます。読者の皆さまも、宇宙に一番近い研究所ー富士山測候所の利用をぜひご検討ください。
(学術科学委員会・広報委員会)
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