氏名: 浅野 勝己  Katsumi ASANO
所属: 
筑波大学名誉教授 Emeritus professor of Tsukuba University
 
共同研究者氏名・所属:

岡崎 和伸・大阪市立大学(Kazunobu OKAZAKI, Osaka City University)

堀内 雅弘・山梨県環境科学研究所(Masahiro HORIUCHI, Yamanashi Institute of Environmental Science)

研究テーマ:

富士山頂短期滞在時の安静及び運動の動脈系血行動態に及ぼす影響に関する研究

Studies on the effects of rest and exercise on arteriovascular hemodynamic responses during short staying at the summit of Mt.Fuji (3,776 m)

 
研究結果:
【背景】

近年、登山ブームによって国内外の高峰への登山者が増加しており、それに伴い、登山中に急性高山病を発症するケースが急増している。急性高山病は、頭痛に加え、食欲低下や吐き気、全身疲労感や脱力感、めまいや立ちくらみ、睡眠障害のいずれかの症状がある状態である。通常、2,000m以上の高所(気圧の低い場所)に到着後、数時間から3日程で発症し、重症化すると肺水腫や脳浮腫を経て死に至る場合もある。また、滑落など登山中の事故の主な原因であることも指摘されている。したがって、急性高山病の発症機序を解明し、その改善策を確立することは急務である。

急性高山病の原因は、高所への滞在による動脈血中の酸素分圧の低下であるが、その発症の詳細なメカニズムは未だ不明な点も多い。2010年度および2011年度、我々は、富士山頂短期滞在時の研究から、動脈血中の酸素分圧の低下に起因した交感神経系の亢進によって、脳の血管の拡張と血流量の増加が引き起こされることを報告し、それらが頭痛や急性高山病の原因と考えられることを示唆した。しかし、これまでの研究で用いた近赤外分光法による脳の酸素化動態の評価、および、経頭蓋ドップラー法を用いた中大脳動脈の血流速度評価は、脳の血流量を正確に反映していないことも考えられた。そこで今年度は、脳への血流量をより正確に測定することを目的とし、超音波ドップラー法を用いて脳への血流量(頸動脈血流量)を正確に測定することとした。特に、安静および運動時の脳の血流量を測定し、急性高山病の発症との関連を検討した。

【方法】

1)被験者:成人男性3人とした。平地(御殿場、標高:500m)、富士山頂(標高:3,776m)到着の後、滞在2~3日目に測定を行った。

2)プロトコール:測定に先立ち、急性高山病の症状を急性高山病スコアによって評価した。仰臥位および立位安静時の測定をそれぞれ5分行った後、踏み台昇降運動を3分間行った。その後、仰臥位安静回復時の測定を5分間行った。踏み台昇降運動は、頻度15回/分、台高30.5cmであり、推定酸素摂取量は17.3 ml・kg-1・分-1であった。

3)測定項目:心拍数(HR)、収縮期および拡張期血圧(SBPおよびDBP)、動脈血酸素飽和度(SpO2)を1分ごとに測定した。左前頭部および右大腿(外側広筋)中央部の血行動態および酸素化動態を近赤外分光法(NIRS)によって連続測定し、組織酸素飽和度を示す組織酸素化指標(TOI)、および、組織血液量を示す組織ヘモグロビン指標(nTHI)を評価した。また、仰臥位安静時において、超音波ドップラー法を用いて左総頚動脈および椎骨動脈の血流量を測定した。

【結果】

仰臥位安静時の総頚動脈血流量について、3名のうち、富士山頂到着後1日目より急性高山病の症状を呈した1名の結果を図1に示す。御殿場では276 mL/分であったが、山頂滞在2日目には358 mL/分に増加し、さらに、山頂滞在3日目には465 mL/分に増加した。このように、高所滞在によって脳血流量は増加するが、その増加は滞在3日目においても認められた。脳血流量の増加は、高所滞在によるSpO2の低下に起因した心拍数および血圧の上昇、また、脳血管の拡張によって引き起こされ、高所での頭痛や急性高山病を引き起こす原因であると推察される。

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図1.平地および富士山頂滞在時の仰臥位安静時の総頚動脈血流量の変化。1名の代表例を示す。



英語表記:

To investigate the mechanisms of acute mountain sickness (AMS), in this year, we elucidated the effects of high altitude exposure on cerebral blood flow (CBF) measured by the ultrasonic Doppler method during short staying at Mt. Fuji (3,776 m). Three adults participated in the study. They underwent a 3 days of experiment, sea level (SL, Gotemba, 500 m), at 2nd to 3rd day during staying at the summit of Mt. Fuji (Day 2 and Day 3). After 5 min data during supine and standing rest was collected, subjects performed a stair stepping exercise (step height, 30 cm; stepping rate, 15 steps/min) for 3 min. After exercise, 5 min data was collected again during subjects kept supine rest. We measure heart rate, systolic and diastolic blood pressure, arterial oxygen saturation, and also tissue oxygen index and tissue hemoglobin index at left frontal cortex area and at right middle vastus lateralis. In addition, we measured blood flow by using the ultrasonic Doppler at common carotid and vertebral arteries during supine rest before exercise. We found in a representative subject who developed AMS that blood flow at common carotid artery increased from 276 mL/min at SL to 358 and 465 mL/min at Day 2 and 3, respectively. Thus, CBF increased by staying at high altitude and remained elevated during staying at the summit of Mt. Fuji for 3 days. The increased CBF would be a possible mechanism of headache and AMS at high altitude.

研究成果の公表:

本研究の成果は、2013年度の日本登山医学会で研究発表し、2013年の「登山医学」に論文を投稿する予定。