太郎坊のそよ風

認定NPO法人 富士山測候所を活用する会 オフィシャルブログ

2014年10月

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幅約4メートルにわたり露出した送電線埋設ケーブル。海底ならぬ海抜3700メートル付近にて。

今年の夏期観測はこれまで初めて7月1日に開所をしたことで、山頂の開所期間も60日間の長丁場となった。ちょうど中間折り返し点を迎えた7月30日午前10時過ぎ、事務局に富士宮の浅間大社から電話が入った。
山頂奥宮から銀明館の近くで測候所の埋設ケーブルが剥き出しになっているのが見つかったという連絡があったのですが、危険はないでしょうか。

今年になって初めての事故。しかも、過去8年間、送電線埋設ケーブルの事故はなかった。東京オペレーションセンター(事務局のこと)にも緊張が走る。緊急連絡網で山頂班のI班長に直ちに電話、事情を話して現場に飛んでもらうことに。この日はたまたまK電工の方も工事で山頂にいたので、同行していただいた。夕方にはサイボウズ(グループウェア)掲示板で複数の現場写真とともに、危険防止のために応急処置をした旨の報告があった。

現場を見ましたが、かなりシリアスな状態で即急に対処する必要があると思われます。(詳しくは、写真をご覧ください)ケーブルが露出して、表面のカバーが破れて、鋼線が露出している箇所がありました、応急処置として登山者が直接ケーブルに触れないように、付近の石でケーブルを石で囲みました。

ただ表面のカバーが破れていること、鋼線が出ていてどのくらいダメージがあるかわからないこと、昨日からこの道は通行止めにしてあるが、歩きやすい為ロープをくぐって通行する登山者が多いことなどを考えると、できる限り早く手を打たなければならないと思います。

ケーブルは、4㍍幅にわたる損傷の様子から重機で引っ掻いた傷跡のようである。山頂付近で除雪作業をしていたときのものと推定された。外皮は損傷していたものの、その下層の外装鉄線で食い止められていたので大事には至っていなかった。

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外側を覆っている防食層(ポリエチレン製で防水の役割をしている)がめくれて内部の鉄線がい装が露出している

気象庁はじめ関係箇所に報告するとともに、翌日、K電工の下山を待って御殿場基地で対策を打ち合わせ。修復工事は翌週に設定したものの悪天候となり延期。最終的には3週間後の8月22日に完了した。

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天候の回復を待って3週間後の8月22日に実施されたケーブルの補修工事

送電線がこの埋設ケーブルに更新されたのは1973年。測候所が2号庁舎と3号庁舎の改築でオール電化となり消費電力が倍増したことで、6600㌾の地中埋設ケーブルに更新された。直径6㌢㍍、総延長は約7㌖ある。(この経緯は『よみがえる富士山測候所(土器屋由紀子・佐々木一哉編書)』に詳しい)

気象庁のアドバイスもあり、修復工事の前に、念のため当時ケーブルの製造をしたF電線に状況を説明し、工法などにつき確認をとった。

「放置していると雨水が浸透して腐食が進行するので、早めの処置が望ましい。このケーブルは40年以上経っているが、毎年点検で絶縁抵抗を測定してもらえば、まだ十分使える。ただ、ポリエチレン(最も外側の防水の役割をしている)は紫外線に弱いので、陽に当たらないよう地中に埋めるように」とのアドバイス。

さらに「測候所のケーブルは海底ケーブルと何が違うのでしょうか」と素朴な疑問をぶつけたところ、「あれは海底ケーブルなのです」との応答。海抜4千㍍近い富士山頂の測候所に電気を供給している送電線埋設ケーブルは、実は海の底深く敷設されるはずの海底ケーブルだったのである。

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富士山測候所電線ケーブルは直径8㍉㍍の外装鉄線と、6㍉㍍の内装鉄線の二重の「鎧」で防護されている。

海底では容易にメンテナンスができないので、万一の事故などによる破損を防止するため、鉄線の鎧や鋳鉄防護管で二重三重に保護されている場所もあるという。富士山の海底ケーブルの場合は直径8㍉㍍の外装鉄線だけであるがこの「鎧」のため、その総重量はメートルあたり数㌔㌘にもなる。内部の損傷を免れたのは、この重装備のおかげであった。

測候所のインフラ設備はいずれも設置後、数十年を経過している。高圧埋設ケーブルしかり、庁舎の建物しかり。旧くはなってきているが、当時の技術の粋を結集してつくられたであろう重厚堅牢な構造物は、どっこい、まだまだ捨てたものではない。修復にかかった多大な出費は痛かったが、われわれの山頂での研究活動を支えている重要なライフラインの一つである送電線埋設ケーブルがこれからも使っていける、ということが確認できたのは収穫であったといえよう。

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「富士山頂測候所送電線ケーブル 6.6kv 1972年8月」の貼り銘板(写真提供:気象庁)


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10月1日@神楽坂ポルタ。台湾国立中央大学のリン教授による講演会が、富士山測候所を活用する会の主催で開催された

東京農工大学で今年の月からGlobal Research Organizationという組織ができ、その中で各研究室で諸外国から著名な先生方を招へいしスーパー教授英語では"Distinguished Professor"と呼ぶらしい)として研究していただくことになった。当会理事長である畠山教授の研究室では、「アジア地域で越境大気汚染のネットワークを構成して観測データを解析する」ことを研究テーマとし、台湾、香港、韓国からそれぞれ一人一か月ずつ来ていただくことにしているという。

台湾のリン先生もその一人として今月着任されたばかりであるが、この機会を捉えて講演をお願いしたものである。演題は「ルーリン山大気バックグラウンド観測所(LABS)の現状と将来展望」ーCurrent status and perspectives of Lulin Atmospheric Background Station (LABS)

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LABSは台湾ルーリン山(標高2082㍍)にある高所大気バックグラウンド観測所で、2006年にリン先生が中心になって立ち上げた。講演では、LABSの設立経緯、 観測内容、そして観測成果の紹介などがあったが、最も興味を惹かれたのは、この観測所を設立後どのようにして管理・運営を続けてきたか、そして、今後もどういう戦略で資金を獲得し、さらに維持・発展させようとしているか、という理念・考え方を整理したスライドである。同じような課題を抱える富士山測候所を活用する会にとっても示唆に富んだ内容であった。ここでは、その2枚のスライドを中心に講演要旨を紹介することとしたい。


ルーリン観測所(LABS)の優位性

「LABSは、大学と台湾環境保護局(EPA)、科学技術省から資金援助を受けて運営している。これからも継続して支援を得ていくためには、こういった方々に対してLABSの戦略、コンセプト、価値を発信していかなければならない。そのためには、LABSは一体何ができるのか、どうしたら社会に役に立つことができるのか、を考えなければならない」と前置きし、ルーリン観測所(LABS)の優位性/強みを説明したのが次のスライドである

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Advantages:

l  To study the impact of atmospheric chemistry/physics (ACP) on regional climate and high-elevation ecosystems from a local, regional to intercontinental scale.

  大気化学/物理(ACP)地区・地域規模から大陸間規模までにわたる気候と高所エコシステムへもたらす影響を研究する。

l  To monitor the short- and long-term variability of ACP with respect to various sources, i.e. maritime vs. continental, LFT background vs. polluted air (including, biomass burning, Asian dust, regional haze, toxics, etc.) => then to estimate radiative forcing and climate impact.

  海洋対大陸、バックグラウンド対汚染大気(バイオマス燃焼、アジア塵、霧、有毒物質など)といった多様な発生源の短期/長期ACP変動を監視し、放射強制力と気候への影響を予測する。

l  To provide the insights of how regional changes of air quality impact on local air quality from a viewpoint of EPA , a response to questions frequently raised by the Congress House and tax-payers (and the media).

  地域の大気環境の変化がどのようにして(より狭い)地区の大気環境へ影響を及ぼすのかについて、EPAの視点から(これが重要なのであるが)の知見を得ることができる。これは国会議員や納税者(さらにはメディア)からしばしば尋ねられる質問への回答でもある

l  To attract international collaborations for adding its values to adjust funding status.

  調達資金に見合うだけの付加価値をつけるために国際的な協力をとりつける。

l  To identify/promote itself as an excellent and unique station for regional watch on atmospheric changes in East Asia, thereby to contribute to the global community.

 (LABS)が東アジア地域における大気変動を監視する唯一の優れた観測所であることを名乗り/宣伝し、そのことにより国際社会に貢献する。


「LABSがオープンしたのが2006年。ほぼ8年が経過した。観測データも収集し、解析処理もした。これからどうするか。実は台湾EPAの責任者から『もう8年も経ったが、次はわれわれに何を期待しているのか』と問われている」と、課題/戦略のコンセプトを次のスライドで説明した。


LABS発展のための課題/戦略

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Challenges/strategies for LABS’ developments

1.How to ensure continuous supports from funding agencies in order to maintain operation and secure well-trained technicians?

 (LABSの)運営を継続するとともに経験豊富な技術者を確保するために、助成団体からの継続的な支援を確実なものにする方策は何か?

2.What scientific issues can be “diplomatically” raised to program managers of funding agencies for promotion to the public and also keep “feeding” the media attractive information even as a highlight new, i.e. public relationship (PR)?

  助成団体の計画的立場の管理者に対してどのような科学的課題を「外交的」に提起することができるか?また、メディアに対してもハイライトニュースとしてPRできるような興味ある記事となる情報を提供し続けることができるか? ※ここで「外交的」というのは「よろこばせる」という意味だとの補足。

3.How can we integrate ACP data and further link to theoretical and laboratory work, and vice versa?

  ACPのデータと理論上の実験結果との関連づけを可能とする方策は?また、その逆は?

4.How to attract more capable and young students/researchers to the mountain ACP studies? Outreach program?

  有能な若い学生/研究者を山岳大気化学/物理の研究に惹きつける方策は?アウトリーチプログラムは?

これらの課題に取り組むためにいま考えているのは、ルーリン観測所の強みを活かしてほかの重要なネットワークと密に接続・拡大し、さらに国際的な活動につなげることである。これならば、EPAも台湾のためだけではなくて世界の(グローバルの)ためにやっているのだからとOKを出してくれるであろう。そこでまず取り組んだのが 7-South East Asian Studies(7-SEAS)というTaiwan,Philippines,Vietnam,Thailand,Malaysia,Singapore,Indonesiaの東南アジア7カ国を巻き込んだプロジェクトであり、さらにその先には東南アジア地域のバイオマス燃焼のネットワークの構築がある。

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東南アジア7カ国が参加ーTaiwan,Philippines,Vietnam,Thailand,Malaysia,Singapore,Indonesia

国際的な問題となっているバイオマス燃焼に関しては、ルーリン山は汚染大気の受け側として極めて重要な地理的位置にある。風下側は海洋のためルーリン山がなかったら何もできない、言い換えれば7-SEASにはルーリン山が欠かすことができない存在となっている。台湾EPAからルーリン観測所の運営経費に匹敵する援助を長年にわたり受けてくることができた理由もここにある。

この7-SEASプロジェクトも来年は最終年度を迎える。台湾EPAも黄砂問題は終わったのだから、もうお金は出さないという。ルーリン山をどうするか。とにかくわれわれは続けて行くしかない。ルーリン山で研究を続けていくことができるよう7-SEASの後に続く地域ネットワークを提案し、台湾EPAから助成を引き出すことを画策しようとしているところである。

現時点ではEPAはルーリン観測所の運営・保全といったベーシックな経費しか支援してくれない。だから、研究者は自分で研究資金を獲得しなければならない。7-SEASを使って資金を得ようとしているのは、そのためなのである。来年度はそういう意味で正念場と考えている。

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ルーリン山の前途はまだまだ多難である。新たな問題も発生している。ひとつは第2天文台の建物がLABSのわずか14m近くに建てられる計画があること。第1天文台は10年前に建てられたものであるが、今度はそれより規模が大きい。エアロゾルや放射線の観測機材をいまより狭い別のプラットフォームに移転しなければならず、台湾EAPに働きかけ説得を続けているところである。

もうひとつの問題は、台湾EPAが環境資源省として組織再編をしようとしていることである。そうなったら、ちょうど日本のJAMSTECと同じようにわれわれの仲間がいなくなっていくことになる。どうなるかは予断を許さないが、大事な仲間が他の部局に移るとなればEPAの友人達を失うことになるのである。

われわれは今はまさに頂点にいる。資金もある。人材も豊富だ。だが、果たしていつまでもそうだろうか?われわれは現在の置かれた状況に慢心してはならないと思う。いつの日か予算もなくなり、研究者もほかの研究のために去っていくかもしれない。現状の高いステータスをキープし続けること、これこそがルーリン山観測所を持続的に発展させていくために、今考えなければならない最優先の課題なのである。

それにしても "We have to keep going" が何回出てきたことか。自問し続けてきた毎日であったことは想像に難くない。富士山測候所での観測も、今年で8年となった。通年観測ができているものが少ないなど、内容には問題があるが、期間としてはルーリン山とほぼ同じである。現在の富士山測候所をルーリン山に重ね合わせてみたくなる。われわれもルーリン山に倣って、富士山測候所の優位性(強み)は何なのか、課題は何なのか、改めて整理してみる必要がありそうだ。


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