
幅約4メートルにわたり露出した送電線埋設ケーブル。海底ならぬ海抜3700メートル付近にて。
今年の夏期観測はこれまで初めて7月1日に開所をしたことで、山頂の開所期間も60日間の長丁場となった。ちょうど中間折り返し点を迎えた7月30日午前10時過ぎ、事務局に富士宮の浅間大社から電話が入った。
山頂奥宮から銀明館の近くで測候所の埋設ケーブルが剥き出しになっているのが見つかったという連絡があったのですが、危険はないでしょうか。今年になって初めての事故。しかも、過去8年間、送電線埋設ケーブルの事故はなかった。東京オペレーションセンター(事務局のこと)にも緊張が走る。緊急連絡網で山頂班のI班長に直ちに電話、事情を話して現場に飛んでもらうことに。この日はたまたまK電工の方も工事で山頂にいたので、同行していただいた。夕方にはサイボウズ(グループウェア)掲示板で複数の現場写真とともに、危険防止のために応急処置をした旨の報告があった。
現場を見ましたが、かなりシリアスな状態で即急に対処する必要があると思われます。(詳しくは、写真をご覧ください)ケーブルが露出して、表面のカバーが破れて、鋼線が露出している箇所がありました、応急処置として登山者が直接ケーブルに触れないように、付近の石でケーブルを石で囲みました。
ただ表面のカバーが破れていること、鋼線が出ていてどのくらいダメージがあるかわからないこと、昨日からこの道は通行止めにしてあるが、歩きやすい為ロープをくぐって通行する登山者が多いことなどを考えると、できる限り早く手を打たなければならないと思います。
ケーブルは、4㍍幅にわたる損傷の様子から重機で引っ掻いた傷跡のようである。山頂付近で除雪作業をしていたときのものと推定された。外皮は損傷していたものの、その下層の外装鉄線で食い止められていたので大事には至っていなかった。

外側を覆っている防食層(ポリエチレン製で防水の役割をしている)がめくれて内部の鉄線がい装が露出している
気象庁はじめ関係箇所に報告するとともに、翌日、K電工の下山を待って御殿場基地で対策を打ち合わせ。修復工事は翌週に設定したものの悪天候となり延期。最終的には3週間後の8月22日に完了した。

天候の回復を待って3週間後の8月22日に実施されたケーブルの補修工事
送電線がこの埋設ケーブルに更新されたのは1973年。測候所が2号庁舎と3号庁舎の改築でオール電化となり消費電力が倍増したことで、6600㌾の地中埋設ケーブルに更新された。直径6㌢㍍、総延長は約7㌖ある。(この経緯は『よみがえる富士山測候所(土器屋由紀子・佐々木一哉編書)』に詳しい)
気象庁のアドバイスもあり、修復工事の前に、念のため当時ケーブルの製造をしたF電線に状況を説明し、工法などにつき確認をとった。
「放置していると雨水が浸透して腐食が進行するので、早めの処置が望ましい。このケーブルは40年以上経っているが、毎年点検で絶縁抵抗を測定してもらえば、まだ十分使える。ただ、ポリエチレン(最も外側の防水の役割をしている)は紫外線に弱いので、陽に当たらないよう地中に埋めるように」とのアドバイス。
さらに「測候所のケーブルは海底ケーブルと何が違うのでしょうか」と素朴な疑問をぶつけたところ、「あれは海底ケーブルなのです」との応答。海抜4千㍍近い富士山頂の測候所に電気を供給している送電線埋設ケーブルは、実は海の底深く敷設されるはずの海底ケーブルだったのである。


富士山測候所電線ケーブルは直径8㍉㍍の外装鉄線と、6㍉㍍の内装鉄線の二重の「鎧」で防護されている。
海底では容易にメンテナンスができないので、万一の事故などによる破損を防止するため、鉄線の鎧や鋳鉄防護管で二重三重に保護されている場所もあるという。富士山の海底ケーブルの場合は直径8㍉㍍の外装鉄線だけであるがこの「鎧」のため、その総重量はメートルあたり数㌔㌘にもなる。内部の損傷を免れたのは、この重装備のおかげであった。
測候所のインフラ設備はいずれも設置後、数十年を経過している。高圧埋設ケーブルしかり、庁舎の建物しかり。旧くはなってきているが、当時の技術の粋を結集してつくられたであろう重厚堅牢な構造物は、どっこい、まだまだ捨てたものではない。修復にかかった多大な出費は痛かったが、われわれの山頂での研究活動を支えている重要なライフラインの一つである送電線埋設ケーブルがこれからも使っていける、ということが確認できたのは収穫であったといえよう。

「富士山頂測候所送電線ケーブル 6.6kv 1972年8月」の貼り銘板(写真提供:気象庁)