太郎坊のそよ風

認定NPO法人 富士山測候所を活用する会 スタッフブログ

カテゴリ: その他


三浦理事長から昨朝、頂いたメールです。
”今日は「八戸特派大使」としてご案内させていただきます。

青森県など4道県の縄文遺跡17カ所がユネスコの世界文化遺産に登録されました。

青森県では三内丸山遺跡の知名度は高いですが、
八戸の是川遺跡はあまりご存知ないと思います。

7月28日の朝日新聞、朝刊 天声人語に紹介がありましたので、添付いたします。

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(天声人語)JOMON:朝日新聞デジタル (asahi.com)より


また、是川遺跡のHPは
です。

 
国の重要無形民俗文化財「八戸三社大祭」(はちのへさんしゃたいさい)が、

2016年12月1日には、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」に登録されて以来です。
コロナ禍が治ったら、ぜひ、八戸にいらしてください”


何と本NPO理事長の三浦先生は、
「八戸特派大使」だったのです!!
(そういえば、昨年のクラウドファンディングで
八戸の方からたくさんご寄付をいただきましたね)

認定NPO法人富士山測候所を活用する会は
ユネスコ文化遺産の一つ「富士山」の一角にあります。

これから2つの「文化遺産」とのお付き合いが
始まる理事長にお祝いを兼ねて、ご紹介いたしました!!

(広報委員会)

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昭和45年(1970年)発行、
こちらの本は、レーダー観測が軌道に乗り始めた当時の富士山測候所関係者の間で、バイブルのように読み継がれていました。後に、気象庁が発行した「富士山測候所安全対策要領」(東京管区気象台、1980年)は、この本を土台に書かれたと言われています。私たちNPOはそれを参考に「安全の手引き」を作成しました。その内容は毎年更新し、山頂利用者に配信しています。

上の写真はこの本、山本三郎著・「登山者のための気象学」の表紙を示します。裏表紙には、新田次郎の「まえがき」からの言葉が記されています。

 
  ”山の気象の教科書 新田次郎 ”
山本三郎さんの書いたこの本には、真っ先に”大空をぐっとみわたそう”という見出しが出てくる。やはり、山の経験者の山本さんが書いた教科書だなと思った。むずかしい理論より、まず空を見まわすのが、山の気象を理解する根本の原則である。すべてがこのような考え方によって書かれているから、読んで身に入る。これから山をめざす人たちは、この本を手にして一度だけではなく、何度か読むがいい・・・(「まえがきより」)”


今年の初めに開催されたサイエンスカフェに、この山本三郎氏のご子息の山本豊氏が参加しておられました。クラウドファンディングご寄付のリファンドの中から、鴨川事務局長の「富士登山安全の最前線」のzoom講義をお選び下さり、雑談の中で御父上様の話がでて、遺品をNPOに寄付されたいとのことで、「芙蓉日記の会」へ連絡が来たのでした。
 
実は、この本(第16版、1972年)の最初のページには 「本書の著者山本三郎氏は胃がんのため昭和45年9月6日に急逝されました。ここに謹んで哀悼の意を表します。出版部」という表記があります。

3月14日にzoomで豊氏にお会いした時は、まだこの本を拝見する前だったので、詳しい事情を知らずにお話をしました。現在、札幌でコンピュータ関係の管理職をしておられる豊氏は、91歳になられる御母上と衣装ケースにひと箱ほどの遺品を整理していて、古い天気図やメモ、大判の写真、書籍など、当時を彷彿とさせる多数の資料をお持ちとのことでした。

当日のお話の中で、山本三郎氏の当時の上司は藤村郁雄所長であったこと、気象予報官養成所(気象大学校の前身』本科22回の卒業生で、大井正一元気象研究所部長と同期で、倉嶋厚氏は先輩にあたることなどをお話しして下さいました。また、ご両親は山で知り合われ、三郎氏が山頂勤務中に写真を沢山撮られ、フィルムが切れると御母上様が新しい外国製の大判フィルムを冬でも8合目まで届けられたこと。当時スバルラインもなく、ふもとからの登山で冬山に一人で登った女性はほとんどいないと言われています。恐らくあの頃の冬の富士山に一番よく登った女性だったでしょうね。というような驚くべきことを淡々と話されました。

御母上(山本治美氏)はご趣味で絵を描いておられたとのことで、上の本の挿絵も書かれています。一例を示しますが、全般的に分かりやすく親しみやすいイラストです。「気象は雲に始まり雲に終わる」と口癖のように言われていたとのことが、この本を読むと、親しみやすいイラストとともにわかります。


山本治美氏天気図1

山本三郎氏は富士山勤務を10年続け、体調悪化のため河口湖(船津)測候所勤務になり、5年後に亡くなったとのこと、体調よりも観測と研究を優先して働かれた事が、大井正一氏の追悼文にありますが、写真を映像的にコマ落としで撮影するなどの工夫を凝らされたことなど、最後まで全力で仕事をされた方だったようです。

また、治美様が、三郎氏の亡くなったあと、4歳の豊氏を連れて測候所まで登られたとのことや、1989-90年ごろにも、豊氏と登山されたことなども伺いました。

レーダー観測がその威力を発揮し始めた頃、山が好きで望んで勤務された測候所を、病気のために途中であきらめ、それでもなお、雲を眺めて、分かりやすい本を書き継がれ(再販のたびに新しい情報を加えられたとか)登山と気象に全力を尽くされ、惜しまれて亡くなられた(享年43)こと。

このような、物語を半世紀たったいま、御母上に背負われて登山されたご子息のお話として伺うことが出来たのも、クラウドファンディングのご縁の一つでしょう。「富士山測候所」の建物は単に建物である以上に意義深く感じられ、NPOを存続する責任のようなものを感じました。

(芙蓉日記の会、広報委員会)



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東京事務所から
念願の「認定NPO法人更新」の書類が
無事、届いたとの連絡が入りました!!

そしてこの連絡を受けて
内閣府のNPO検索をしたところ・・・・
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2021年6月2日に、無事に認定更新されておりました!!

今さらですが・・・
NPO法人と認定NPO法人の“差”ってご存知でしょうか??

  
  特定非営利活動法人(NPO法人)とは


「NPO」とは「Non-Profit Organization」又は「Not-for-Profit Organization」の略称で、様々な社会貢献活動を行い、団体の構成員に対し、収益を分配することを目的としない団体の総称です。したがって、収益を目的とする事業を行うこと自体は認められますが、事業で得た収益は、様々な社会貢献活動に充てることになります。このうち、特定非営利活動促進法に基づき法人格(注)を取得した法人を、「特定非営利活動法人(NPO法人)」と言います。NPOは法人格の有無を問わず、様々な分野(福祉、教育・文化、まちづくり、環境、国際協力など)で、社会の多様化したニーズに応える重要な役割を果たすことが期待されています。


 認定特定非営利活動法人(認定NPO法人)とは

NPO法人のうち実績判定期間(直前の2事業年度)において一定の基準を満たすものとして所轄庁の「認定」を受けた法人は、認定特定非営利活動法人(認定NPO法人)となります。

認定NPO法人になると、税制上の優遇措置を受けることができます


             NPOホームページ | 内閣府 より


“認定NPO法人の認定“について審査があります。
この認定を得るには、とても大変な道のりなのです。


全国NPO法人が50820件あるのに対して、
認定NPO法人は1199件です。(内閣府HPより2021年4月現在)

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NPO法人全体のわずか約2%しか認定NPO法人はありません!!


狭い門を潜り抜けて、
2016年1月に “NPO法人“ から
待望の “認定NPO法人” になったのです。

そのときのブログがこちらです。

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2016/1/12ブログより

一度、認定されれば
再認定は簡単では??と、思われる方もいるとは思いますが・・・

実は・・・
その後の監査も決して楽ではありません。
(ご寄付された方の税優遇など考えたら当たり前ではありますが・・・)

情報公開や、すべての書類を
隅から隅までチェックされます。

そのため大量の書類を用意しなければなりません。

書類運搬
段ボール何箱にもなる大量の会計書類を台車に積んで運ぶ鴨川事務局長と東京事務所の職員

今年3月17日に東京都の監査がありました。

麹町の狭い事務所では3密は避けられず、
急遽外部に部屋を借りて、書類を運び監査を受けました。

お昼を挟んで5時間、
階段を駆け上がって足りない書類を取りに来たり、
東京事務局職員はヘトヘトの一日でした。

この日だけではありません、
大量の書類の準備に、長い長い~準備の時間がありました。

努力の結果、お陰様で無事
再認定を頂くことが出来ました。

コロナ禍の今、
理事長以下そろって頂きには行けませんでしたが、
東京事務所から一人(人数制限あり)で頂いてきた封筒には
ずっしりと重みのある一枚の
「5年間の再認定」の書類が入っていました。

また5年間、
ご寄付を頂いた方に「税制上の優遇措置」を頂きました。
胸を張って、寄附のお願いが出来ます。

しかしながら、その間の義務も伴います。
それを胸に、
これからも皆様には、
沢山の良い活動ご報告が出来るようにと
精進してまいります。

最後になりましたが、
鴨川事務局長、そして東京事務所の職員の皆様、
お疲れ様でした。

(広報委員会)







5月13日、15日と2日間かけて
鴨川事務局長の指導の下、
頑張って事務員が大量の草刈りのお手伝いしました。
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5月4日には、草が伸び始めていました

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早速、草刈り作業スタート


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5月は、新緑も青々する時期!! お庭の草も伸び盛りです。

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2人(3人?)で行いました。 1日(2日?)がかりで、これだけの成果となりました。

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玄関への通路もすっきり

作業は、草刈りだけではなく、部屋の掃除、燻煙タイプの防カビ対策、
その他こまごましたメンテナンスも行いました。

これで、6月のオープンに備えます。

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積み込み予定の荷物(5月21日事務所)


5月21日、会計監査の終わった東京事務所。

雨が降ったりやんだりのあいにくの天気。

この日夕方、
大河内先生と学生さんが3人こられ、御殿場行きの大量の荷物を下におろし、
鴨川先生が手配したレンタカーが到着。すぐに積み込んで御殿場へ出発でした。

新・東京事務所前は道が狭いので、車を止めておけない場所です。

そのため、機材の積み込みは大変でした!!

それでも、
頼もしい学生さんたちのおかげで素早く積み込むことができました。

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隙間ゼロ。ビッチリ積み込まれた荷物(鴨川先生チャットより)


荷物は多く、運転席近くまで埋まっていました。

さぁ用意できたので、見送ろうとしたところ・・・
後ろからトラックが来たので、せかされながらの出発でした。

途中、渋滞に巻き込まれて、
港北インターで休憩、19時に御殿場着だったとか。

事務局でみんな心配していましたが良かったです。
お疲れ様でした。

いよいよ今年の観測が始まります。

(広報委員会)




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新・東京事務所の外観。 入り口にはゼラニウムやバラがお出迎え。

東京事務所(事務局)と富士山研究センターは、
千代田区麹町から新宿区大久保に移転しました!!
(※ 緊急事態宣言前にお引越しさせていただきました。)

麹町にあった以前の事務所は、
部屋に4人居たら満員・・・
ましてや工作の作業をするとなると。。
作業が出来ないので
廊下に出てお仕事をしていた方もいらっしゃいました。

さらに、
コロナ感染防止の観点からも労働環境については
換気はしているけれども、
あまり良くないのでは??ということもあり
2年間探し続け、素敵な物件が見つかり
引っ越すこととなりました。

新・東京事務所は
以前の事務所よりお家賃は
ホンの少し増えましたが、なんと広さは2倍以上!!
会議のスペースも確保できます!


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引っ越し直後のNPOの新東京事務所。広くなって富士山環境センターも、益々研究が活発化しそう✨

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引っ越し直後の書類は広く並べて、これから棚に整理整頓していれていきます。

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大きな棚の搬入は4月中に。
大河内副理事長や学生さんをはじめ、理事長、事務局長も総出で経費削減にて活動しております。

新しい事務所からは、
御殿場基地事務所へのアクセスが楽になりました。
富士山からも近くなったのではないでしょうか??

色々グッと便利になって
今年のNPOと富士山研究センターの活動も、
さらにパワーアップしそうです。
ぜひご期待下さい!!

(広報委員会)

※補足:
本NPOはコロナ感染防止のため、
出来るだけ“密”を避け、可能な限りリモート業務を行っております。

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