太郎坊のそよ風

認定NPO法人 富士山測候所を活用する会 スタッフブログ

カテゴリ: その他

zanshoz
 山頂のポストに投函する静岡県立大・村田浩太郎博士(撮影:鴨川仁事務局長)

そろそろ皆様のところに山頂の消印のある残暑見舞いは届きましたでしょうか?
山の日を挟んだ3連休明けの8月13日(火)、この日トライアル研究のため登山された静岡県立大の村田浩太郎博士に託して、山頂の郵便局のポストから投函していただきました。

昨年までの「暑中見舞い」が今年は立秋も過ぎて「残暑見舞い」になってしまいましたが、「届きましたよ」というご連絡をメールやチャットに多数いただくようになりました。ささやかな涼風をお送りできたとすれば嬉しいです。

zansho1
  2019年の残暑見舞い

今年は、気象庁との借用契約第4期(2018.9-2023.8)の初年にあたり、35件を超える研究活動、高性能の画像によるライブカメラ、2007年以5,000人以上の研究者が旧測候所を利用して、忙しく活気に満ちた夏期観測ですが、山頂はすでに秋の風が吹いているようで、本日から大気化学の撤収作業が始まっています。

一方、新たな利用者が増えれば、新たな問題も発生します。山に慣れない利用者による事故ギリギリの事態もあり、圧倒的な人手不足の事務局の緊急事態をベテランの山頂班や御殿場班、長年の利用者である研究グループが支えて何とか凌いで無事故でやっているという側面もあります。

あと10日足らずで8月も終わりますが、最後まで気を抜かないように安全に完了したいと考えております。


R09T 富士山頂における氷核活性微生物の探索  ※トライアル研究
村田浩太郎(静岡県立大学)
雲物理/生物学
空気中に存在する微生物は生物氷晶核としてはたらくことで雲物理に関係している可能性がある。しかし、観測ベースでの情報は極めて少なく、上空に存在する微生物種や、それらの氷晶核としてのはたらきの有無はほとんど明らかにされていない。そこで、富士山頂において空気中の浮遊微生物を採取し、培養あるいは遺伝子解析による組成解析をすることで、上空微生物叢の特徴を明らかにする。くわえて、採取した微生物培養株について、氷核活性を液滴凍結法によって調査する。 

(広報委員会)










IMG_1550

13876112_329144234092423_5879837430500105870_n
    澤田実さん(Facebook より)


まさか、というニュースが飛び込んできました。
ロシア・カムチャツカ半島の地元政府によると、同半島中部のカーメニ山(4575㍍)で17日、日本人男性1人が登山中に滑落し、死亡した。1968年生まれの「サワダ・ミノル」さんだとしている
という朝日新聞デジタルニュース(5月18日、20:59)が事務局から送られてきました。

 誤報であってほしいという、一縷の望みは絶たれ、本日(5月20日)の東京新聞にも「ロ極東滑落死は登山家・澤田さん」という記事が載り、悲しいニュースは確定されました。

 山頂班員としての澤田実さんは2016年の夏季観測から富士山測候所に来られました。ベテランの山岳ガイドでもある澤田さんは、ご出身が火山学とのこと、北大で学生時代学ばれた「火山岩」の見分け方を、仕事の合間にインスタ用の写真として送って下さっていました。

IMG_0332
  紡錘状火山弾 (撮影:澤田実、2017.8.14)

 ちょうど、事務局がPRのためにインスタグラムの入力を始めた2017年7月には、山頂から見事な「紡錘状火山弾」の画像を「噴火で溶岩が飛び散る時に、ちぎれ飛んで固まった岩塊です」という説明を付けて送って下さり、引き続いていろいろな火山岩の写真を頂きました。

IMG_0349
パン皮状火山弾。これも飛び散った溶岩ですが、先に固まった表面を中の柔らかい溶岩が割るため、パンの表面のようにひび割れができます。(撮影+説明、澤田実 2017.8.14)


IMG_0376
火山の痕跡。上部の横に繋がっているグレーの岩の帯が1枚の溶岩流。その上下が赤くなっているのは、流出後、空気に触れて酸化した部分。クリンカーと言います。(撮影+説明、澤田実、2017・8・13)

 この夏の火山岩関係の写真3枚は、11月に行われた国際シンポジウムACPM2017(山岳大気化学・物理国際シンポジウム)において、富士山頂の観測環境の説明スライドとして使われ、高い評価を得ました。英文スライド作成に当たっては、出身の北大研究室の後輩である現役の火山学者に英語名のチェックを頼んで下さるという真面目な澤田さんには頭が下がりました。

 また昨年2018年7月25日のブログでは「山頂には火口が2つ? …富士火山について」というタイトルで、大内院と小内院について解説をして下さいました。 澤田さんは、富士山測候所で観測する研究者やNPOの関係者にとって、高所の生活のお世話になるやさしくて頼もしい山頂班員としてだけでなく、火山を教えて下さる先生でもありました。

 今回の事故でこのような有能な山頂班員を失ったことはNPO関係者一同、誠に悲しみに耐えません。

 上の写真が載っているご本人のFacebookによると、5月9日にご家族に感謝を述べながら、「20年ぶりの海外遠征。ロシア・カムチャッカにあるカーメン峰に登りに行ってきます。帰国は6月1日の予定です」というメールを残しておられます。澤田さんのお帰りを待っておられたご家族の悲しみは察するに余りあります。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
                                                            (広報委員会)

DSCN3106
富士山環境研究センター(LERMF)発足会に集まったメンバー(撮影:鴨川仁)

4月20日に富士山環境研究センター発足第1回目の会議を、NPOの東京事務所で行いました。

只でさえ狭い東京事務所の片隅に、センターの場所を作り、4名の構成員(畠山理事長が研究センター長を兼務、第一研究部、土器屋、安本、源)という陣容で、目下、文部科学省へ書類を提出、e-Radを申請できる団体にする準備中です。

英文名称はACPM(Symposium on Atmospheric Chemistry and Physics at Mountain Cites) 2014 の主催者だったGannet A. Haller、Uhta 大学准教授でSPL(Storm Peak Laboratory)の協力を得て
Laboratory for Environmental Research at Mount Fuji (LERMF) と決めました。

現在のところ無給、研究費自弁のまことに小さい研究部ですが、夢は大きく、世界の大気を捉えるために富士山頂で観測研究をスタートさせます。115年前の明治28年、野中到・千代子夫妻が富士山頂で自費で建てた観測所の流れをくむ「富士山測候所」の利用をさらに進めるための研究センターです。

悪い条件にめげない、否、条件が悪いからこそ、得られるデータの貴重さを理解するガッツのある若い研究者の方々の参加をお待ちしています。

NPOは今年の夏の第2次公募と学生公募を現在行っています。興味のある方は是非ご連絡下さい!!

2次公募(4月15日~6月28日)
http://npo.fuji3776.net/document/20190415news.pdf
学生公募(4月15日~5月24日)
http://npo.fuji3776.net/document/20190415-1news.pdf

(広報委員会)







1901渡辺記念会だより02_p01

表紙写真について

表紙の写真は、昨年(平成30年)富士山測候所で大気化学などの研究者や通信技術者が研究機材設置作業を行なった時のものです。富士山測候所は平成16年から無人施設となりましたが、認定NPO法人富士山測候所を活用する会が気象庁から借用し、現在も富士山頂における様々な研究活動の拠点として活用しています。当財団は同会の活動を支援しています。(写真提供:認定NPO法人富士山測候所を活用する会)


いつも助成金でお世話になっている一般財団年法人新技術振興渡辺記念会(以下渡辺記念会)は一昨年35周年を迎え、昨年より広報誌「新技術振興渡辺記念会だより」の発行を始められましたが、その2巻(20191月号)の表紙に、私たちNPOの富士山測候所の写真を載せて下さいました。

  この冊子の巻頭言では(一社)技術同友会代表幹事 立川敬二氏が「日本の科学研究の失速を食い止めよう」というタイトルで、イギリスの科学雑誌NATURE誌の2017年3月号の記事「この10年間日本の科学研究は失速している」を例に挙げて、危機感を表明しておられますが、現在の日本の科学研究、特に基礎研究の研究環境は憂慮すべき状態ではないかとのご指摘はまさに共感できるものです。

  国の科学研究予算が変動する中、昭和57年以来、36年の長きにわたり、民間の立場で新しい科学技術開発をサポートし、日本の基礎研究の下支えをしてこられた渡辺記念会の存在は貴重です。例えば、 国の予算が付かずに無人化され取り壊される危険のあった富士山測候所が、何とかその灯を消さずに、研究の拠点として続けていられるのも、11年間にわたって折に触れてサポートを頂いた渡辺記念会のおかげが大きいです。

 この冊子・創刊号で渡辺記念会の武安義光理事長は
 当財団は、神田通信工業株式会社の実質的創業者である故渡辺勝三郎氏からご寄付をいただいた同社株式を基として、昭和57年7月1日に内閣総理大臣の許可を得て設立され、昨年創立35周年記念式典を挙行したところです。私は当財団の発足当初から設立業務を含めて運営に携わってまいりました。設立当初から運営が軌道に乗るまでの財団関係者の苦労を知る身からこれまでの長い年月を振り返りますと、今日の財団の活発な活動ぶりはまことに感慨深いものがあります。
と述べておられますが、この間支援してこられた120件に上る委託研究、500件の一般助成、科学技術交流事業、普及開発事業など多岐にわたっており、その恩恵にあずかっている研究者は数えきれません。

 年頭に本NPOの写真を使っていただけた感謝をこめて、渡辺記念会のますますのご発展を祈ります。

(広報委員会)

 

 


F204F008-C02A-4346-B90A-936E7485F026
      成蹊高校から見た富士山

明けましておめでとうございます!

年の瀬も押し迫った昨年12月30日に、鴨川先生から届いた写真です。インスタにも入れましたが、鴨川先生のスプライト観測グループは武蔵野市の成蹊中学・高等学校の屋上で装置の設置の傍ら、快晴の空に映える富士山を写してくださいました。

成蹊高校と云えば、「成蹊気象観測所」で有名です。1926年に、当時尋常科理化教諭であった加藤藤吉先生が,気象観測法に準拠した観測を、教育の一環として導入され、1959年から「成蹊気象観測所」の名称で学園の組織として観測報告を発行を開始しておられます。一時期、東京管区気象台の甲種補助観測所に指定されたこともあり、その観測精度には定評があります。成蹊気象観測所では気象パラメータの観測のみならず複数の遠方の目標物に対する視程観測も1960年代から開始しました。

当初より大気汚染の観測を意図したもののようで、1973年の所謂オイルショックを契機として,視程が著しく改善されたことがわかり、大気汚染との関連が明確にされるなど、継続された観測データは貴重です。 

4CD9C85D-D0E9-4880-94AA-6181DA39A03B
    宮下敦教諭(現在同大理工学部教授)による成蹊気象観測所の歴史の紀要

2017年度成蹊学園資料年報に、成蹊気象観測所長の宮下敦先生(鴨川グループで富士山の観測にも参加されています。現、同大理工学部教授)がまとめられたところによると「上昇は大気汚染の改善とともに都市の乾燥化によるもの」とのことで、大気汚染のみならず温暖化や都市化の指標としての価値も考えられています。
1960年(昭和35年)から続く成蹊高校のでの富士山視程観測。観測当初では年間50日程度の可視であったものが現在では150日ぐらい見えるようになっています。この上昇は大気汚染の改善とともに都市の乾燥化によるものとみられています。

D5906D03-98D3-45B3-B565-E18BFD4F38D8
  6方向の視程観測の結果(同文献より)

loc_name
 成蹊気象観測所の位置 東経 139度34.5分,北緯35度42.5分,海抜 56m

東京学芸大学と成蹊高校との共同研究は、富士山頂インタラクティブレクチャーなど多岐にわたっています。
今年は、成蹊高校田中博春教諭と学芸大鈴木智幸博士による冬季プライト観測に加え、夏季中は富士山頂と成蹊高校との夏季スプライト同時観測を行う予定です。

C615EA9A-C2E9-4B56-BC06-7B60A04E4019
  冬季スプライト観測メンテナンスおよび夏季スプライト観測の準備

(広報委員会)

このページのトップヘ