太郎坊のそよ風

認定NPO法人 富士山測候所を活用する会 スタッフブログ

カテゴリ: メディア掲載

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     佐藤あゆみアナと土器屋

旅ラジの90ちゃん号。1年をかけて全国47都道府県を巡り、ふるさとの魅力を伝えている
NHKラジオ『旅ラジ』のホームページ 今週の90チャン号:静岡県の旅

 9月11日 静岡県富士宮市 静岡県富士山世界遺産センター研修室

夏季限定!富士山測候所
富士山の頂上にある富士山測候所は夏の2ヵ月だけ開所し、400人以上が訪れる。測候所が地域にとってどのような存在なのかを伝える



事務局が取材を受けたのが8月末で、台風の中の測候所閉所で苦戦しているときでした。場所が富士宮市にある静岡県富士山世界遺産センター(センター)で行われるとのことで、忙しい研究者の予定が立てられずに、広報委員会から土器屋が出席しました。

 全国放送とのことで、測候所について知って頂けるチャンスと思って出かけたのですが、取材の過程で、富士宮市の地元で山頂に山小屋を経営している富士館主体の内容に変わったようです。最初にセンターの総務の大湖羽純さんによる富士宮市とセンターの紹介、次いで「2か月山頂の小屋で生活して昨日下山した」富士館の宮崎哲也店長の山頂での話になり、途中で少しだけ、測候所の説明の時間が与えられました。最後はグルメタイムで「朝霧ヨーグル豚」の松本貞徳氏の実演という構成でした。

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     静岡県富士山世界遺産センター内部の会場

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     佐藤あゆみアナと大湖さん

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    参加者に配られた旅ラジグッズ

 生憎のお天気で富士山は一度も見られず、室内の会場には放送開始時には30人以上の方が集まっていました。 ほんの数分でしたが、12年目の夏季観測の状況、どんな研究が行われているか、いろいろ苦労している事、それでも測候所は使い続けたい素晴らしい研究・観測地点であることなどについて、話をさせていただきました。

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    バス停からみた静岡県富士山世界遺産センター

 せっかく富士宮に来たので、放送終了後はセンターの見学をしてきました。昨年開所したばかりの新しいセンターは「逆さ富士」がテーマのユニークな建物です。一階から三階までのらせんスロープの両脇には登山中に見る風景が映像として照らし出された「バーチャル登山」を経験できるようになっていました。

 晴れていれば素晴らしい富士山が見えるはずの展望ホール以外は、途中の「荒ぶる山」「登拝する山」「聖なる山」「美しき山」などのコーナーも、すべてディジタル画像や映像で展示されており、映像ホールでは、常時2つのテーマ短編が入れ替わりで放映されており、多くの整理員の方の説明もありました。

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  センターの入口

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   晴れていれば大きい富士山が見えるはずの展望ホールから

 最後に、一階の「図書資料室」で、センター学芸課の大高康正准教授とお話しすることができました。新しい施設なので図書は展示のみで、貸し出しはしておらず閲覧のみとのこと、富士山に関わるものが中心に集められており、山岳信仰、世界遺産、動植物などが多い。年に5回展示会を行なうなどのお話を伺い、本NPOの出版物も、受け取って展示して頂けるとのことで、「成果報告会要旨」「芙蓉の新風」の最初から現在までを各1部づつお送りすることになりました。

また、入口の「自由にお持ち帰り」コーナーのポストは先着順とのことでしたが、空きができたら置いていただくということで、NPOパンフと「芙蓉の新風」最新号を5部程度置いてきました。今後発行の会報などをお送りすることにしてきました。センターを訪れる方に本NPOの活動を少しでも知って頂ければと思います。

(広報委員会)





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Romantic Geography をテーマに、 都市とそこに集う人々との間にある物語に焦点を当てるTOO MUCH Magazine。アート、建築の話題を中心に、ヨーロッパ、北米等で多くの読者に親しまれています。
今号は「シェルター」特集。  日本全国を家を背負って旅するアーティスト・村上慧、バックミンスター・フラーのジオデジックドームを新しく再現したTHE NORTH FACE、坂茂が難民のためにデザインしたケニアの住居など。
B5サイズ 260ページ 日本語訳冊子付き
Magazine of Romantic Geograsphy という不思議な英文雑誌から、旧富士山測候所のレーダードームの写真の提供を編集長の辻村慶人氏から丁重な依頼を受けたのは5月下旬のことです。
 
拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
このたび弊誌「TOO MUCH Magazine」では,次号8号(2018年6月15日発売)におきまして「シェルター」特集を企画しております。つきましては、貴機関のご協力を賜りたくお願い申し上げます。下記の企画概要をお汲み取りいただき、ご検討いたただきますようお願い申し上げます。
 
■媒体概要
掲載誌: 『TOO MUCH Magazine』8号 (2018年6月15日発売)
体裁: B5判(182×257mm)、カラー
発行: Editions Ok Fred
定価: 2,000円+税(予価)
言語: 英語(国内販売には日本語訳付)
*主に国外の書店、美術館、アートショップなどで販売しております。
 
■特集概要
本特集では、建築のもっとも根源的な機能のひとつである「シャルター」機能に注目し、被災地や極地での活用から、古今東西の「シェルター」にまつわる建築作品、またその背後にある考えを紹介しながら、建築が持つ新たな可能性を探りたいと考えております。
 
■依頼内容
次号の中で、アメリカの建築家、バックミンスター・フラー氏のジオデジックドームについて記事にしております。その中で、ぜひ富士山測候所にありましたレーダードームについても紹介させていただきたく思い、貴機関がお持ちの写真を使用させていただきたくお願い申し上げる次第であります。

早速、佐藤監事にお願いして測候所時代の写真の中から、外国向けを意識して「レドームの横で風になびく鯉のぼりが映った画像」を送りました。とっておきの一枚と自信を持って送った写真でしたが、いただいた返信も「すごく良い写真ですね。これ以上の写真はありません!」でした。

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 TOO MUCHに掲載されたレドームと風になびく鯉のぼりの写真(撮影:佐藤政博監事)

すっかり忘れてしまっていた8月末に、事務局に送られてきたのがトップの写真の分厚い英文の雑誌です。オールカラーで贅沢な240ページとFOOD1971-74というレシピーのページからなる、おしゃれな、それでいてずっしりと重い冊子です。

Shelters 特集には、①綱を解かれた家(壁、ドア、屋根と旅をする)、②A feather makes a fine shields: Light weight domiciles for nomads and refugees (「羽根で作られた隠れ家;逃亡者と流浪の民のための軽量の家」というような意味でしょうか)、その中に、Life inside a polygon sky (多角形の空の下の生活)として多くの多角形ドームが紹介され、その一つとして、佐藤さんの写真が載っています。

写真のキャプションは意訳すると:<<富士山頂に1965年に設置された富士山レーダーは太平洋で発生する台風の進路を予測し、35年間にわたって山頂で活躍した。2001年にレーダードームと関係する機器類は山梨県・富士吉田市のレーダードーム館に移設された。写真は佐藤政博による。NPO法人富士差山測候所を活用する会に感謝する>> とあり、残念ながら、「5月の鯉のぼり」についての言及はありませんでした。

Shelter の中には多くの避難所についての写真もあり、東日本大震災の被災地の、シーツで仕切られて体育館の避難所風景もあります。

豊富な写真の美しいアレンジの最後にアーカイブコーナーがあり、南極昭和基地のYoshio Yoshida氏による詳細な紹介もありました。1955年以来の建設の歴史などを中心に過去の昭和基地について詳しく述べられています。


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 A Research Station in Anti Arctica (by Yoshio Yoshida)

富士山測候所を利活用する本NPOの活動もいつか取り上げて頂けるとよいと思いました。

(広報委員会)






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「レクリエ」7・8月号に掲載された今日は何の日(8月30日)の紙面。測候所の写真は佐藤政博監事が提供


 あすは何の日・・・ 富士山測候所 スタート

8月30日
 1895年のこの日は、気象学者の野中到氏が富士山山頂に自費で測候所を開設。1932年から通年観測を始めた気象庁の富士山測候所の前身となった。新田次郎の小説「芙蓉(ふよう)の人」には千代子夫人とともに越冬観測に挑んだ物語が描かれ、2005年秋には静岡県御殿場市に夫妻の顕彰碑が建てられた。

測候所は04年秋に無人化された。NPO法人富士山測候所を活用する会の土器屋由紀子さんによると、大気や永久凍土などの研究で多い時で13人の研究者が7月から滞在。31日に全員下山する予定という。(中野真也)

ー2008年8月29日の朝日新聞夕刊の「あすは何の日」より

2008年記事(400bb)

夏期観測2018も大詰めを迎え、明日31日には山頂の電源を落とし、62日間にわたる観測を終えて山頂班が下山します。ところで、今日8月30日は、知る人ぞ知る「富士山測候所の記念日」です。1895年のこの日、気象学者の野中到氏が富士山頂、剣ヶ峯に自費で測候所を開設した日にちなんでいます。

上の朝日新聞の記事に取り上げられた10年前は、新田次郎の小説「芙蓉の人」が先駆者を知る唯一の足がかりでしたが、その後、歴史資料の収集も始め、その中で、野中到氏の「富士観象台」構想には気象のみならず広い分野での富士山の科学的活用法が記されているなど、私たちのNPOと同じ志を既に100年前の先駆者が持っておられたことを知りました。

NPOとしての活動を続けている過程で、昨年11月には思いがけなく野中到・千代子ご夫妻の孫にあたる野中勝氏の知己を得て、貴重な資料を見せていただくことができ、そして、先日(8月18日)も気象研究所の山本哲氏、NPOの佐藤監事と土器屋が、再び、逗子の野中家を訪問し、前回を上回る多数の資料の写真撮影やスキャニングをさせていただきました。

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(御殿場市野中山にあった別荘にて。大正12年(1923)関東大震災で建物が倒壊するまで、ここを拠点として富士山の気象観測が続けられていた)

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 野中到氏の構想にもとづく「富士観象台」の設計図と模型

当日は、前回もお会いした蔭山幸子様(野中到・千代子ご夫妻の孫にあたる方で勝氏の従姉)や野中勝様のご子息・野中大様ともお話しできました。資料は目下整理中ですが、追々「野中到・千代子資料館」に追加して整理して行こうと思いますので、ご覧いただけると有難いです。

(広報委員会)



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「富士山頂日誌既に廃棄:68年間つづった40冊、専門家「一級の資料」
毎日新聞8月10日朝刊、社会面p30に荒木涼子記者の署名入り記事が載りました。

富士山測候所の簡単な紹介や、廃棄された日誌の写真と共に
中島博「カンテラ日記-富士山測候所の50年」(ちくま少年図書館90、社会の本、1985)の内容から、主なものが紹介されており、1944年11月24日「首都圏空襲」、1945年7月10日「地方都市も」、7月30日「被弾」と戦争中の測候所や1945年9月19日の「米兵登山」、1966年3月5日の英旅客機墜落などの記事もあります。

最後に、本NPOの鴨川理事による「世界でも珍しい資料。なぜ廃棄されたのか理解できない」というコメントも載せられています。

内容は下記のURLからもご覧になれます。

https://mainichi.jp/articles/20180810/k00/00m/040/187000c

(広報委員会)

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