9月1日のブログでお知らせしましたが、三浦雄一郎顧問の快挙について、会員の三浦ひろみ様(八戸在住)から新聞の切り抜きとともにお便りをいただきました。

「…地元紙デーリー東北に90歳の三浦雄一郎氏の記事が8月28日、30日、9月1日に記載、テレビでも取り上げられておりました。そちらの顧問でもいらっしゃるので感激ひとしおです。」

デイリー東北記事5

8月28日「三浦雄一郎さん富士山頂に挑む、90歳車いすで、リハビリ最高の目標」
30日 「三浦さん、富士山頂へ出発 車いすで支援、明日到着へ」
31日 「9合目到着、高校生が合流」
9月1日「三浦さん 富士山頂到着 車いす、家族や仲間ら支援、90歳「将来は自分の脚で」(一面)
 「閉塞社会に与える希望 障害者の可能性示す、三浦さん富士山登頂」(社会面)

記事の表題を見ただけでも、東北の読者の方々の三浦雄一郎顧問への熱い思いが伝わります。
ご出身が青森県青森市とのこと。

首都圏の新聞はそれに比べて…と思っていましたが、9月17日(日)の朝日新聞の24面「Reライフ 人生充実」の半面の大きい記事で「90歳“みんな”で目指した頂、三浦雄一郎さん 車いすで挑んだ富士山、病で足がまひ 自分への好奇心 仲間40人が支える」という記事が出ています。

朝日(日曜日)
 朝日新聞9月17日、24面の記事の一部

この記事は、富士山頂へ同行した一人で慶応大学大学院メディア研究科の渡辺光博教授の
どんな状況でも悲観せず、常に先を見ている。そのことが元気の秘訣だろう。今後も人間の可能性を切り開いてほしい(朝日新聞9月17日)
という言葉で結ばれています。

朝日新聞デジタル「車いすで富士山頂「夢だった」 三浦雄一郎さん90歳で尽きぬ冒険心」


さらに、三浦ひろみ様から「敬老の日の記事です」ということで、9月19日のデイリー東北の記事が送られてきました。
「積み重ねた年月の先に」
冒険家三浦さん(90)、訪問診療医小堀さん(85)対談

対談
 デイリー東北、2023年9月19日の記事の一部

小堀欧一郎さんは森鴎外の孫です。
外科医としてあらゆる手段で患者を生かそうとしてきましたが、訪問診療で700人の死と向き合った今は生と死に境があるように見えなくて重なって見えるんです。
といわれ、
生きている限りは『もっとこうしてみたい』ということを持ちながら生きたいと思っています。
という積極的な三浦顧問との対談は、社会の80%のシンボル(三浦顧問)と「20%のシンボルになりたい男」(小堀先生)の対談と小堀先生がまとめられたように、大変示唆に富んだ興味深いものです。



以下は本NPO山本正嘉副理事長のコメントです。
「山を舞台とした極限的なパフォーマンスで、何度も世界をあっと言わせてきた三浦雄一郎さんの原点は、いつも富士山にありました。1966年には、富士山頂から五合目までわずか1分半で直滑降するという快挙を成し遂げました。それに手応えを得て1975年には、エベレスト・サウスコルからの滑降を成功させました。
70歳となった2003年には、エベレストの最高齢登頂に成功しました。この時は、私たちが富士山で行っていた、高所トレーニング科学の研究成果を元にアドバイスをしました。2年間で20回もの富士登山を行い、ヒマラヤで通用する高所順応と体力を身につけたことが、成功の大きな原動力となりました。
そして今回の富士登山では、障がい者となったご自身の身をもって、大きな可能性をアピールしました。三浦さんの趣味は「世間をあっと言わせること」だそうです。どんな極限状況でも、遊び心を忘れないのが三浦さんの真骨頂です。これからもどんな発想で私たちをびっくりさせ、また希望を与えてくれるのか楽しみです。」

これからも三浦雄一郎顧問の活躍から元気と希望を頂きたいですね。

(広報委員会)

認定NPO法人富士山測候所を活用する会とは


2004年に無人化され、いずれ取り壊しの運命にあった旧富士山測候所。
富士山測候所を活用する会は、この施設を国から借り受け研究・教育の拠点にしようという構想で、2005年に大気化学や高所医学などの研究者が主体となって立ち上げたNPO法人です。

また
富士山頂という厳しい環境の中、その修理費・維持費や、運営費など
年間3000万円という莫大なコストが掛かるのです。

しかしながら、資金面に関しては、
公的補助もなく研究利用費だけで運営しております。

そこで、皆様からご支援、会員になっていただき未来へ
つなぐ研究の手助けをどうぞよろしくお願いいたします。

本NPOは、認定NPO法人(認定NPO法人は全NPOの2%しかない)です。
ご寄付に関しては、控除もありますので詳しくはウェブサイトなどでご確認ください。