太郎坊のそよ風

認定NPO法人 富士山測候所を活用する会 オフィシャルブログ

会員の倉谷恵子様からご投稿頂いたブログをご紹介します。 
倉谷様は以前「実業之富山」の編集をされており、「空に手の届く研究現場から」という3回シリーズで本NPOの活動を、富山大立山研究所などとともルポルタージュとして掲載してくださいました。
また、2018年の夏期観測ではには古田豊理事の研究に参加して、富士山頂の研究を経験され、その後も広い視野で本NPOの活動をご支援くださっています。
今回は2018年から、キルギスの日本語教育にも携わっておられたご経験をブログに書いてくださいました。
以下、倉谷様の珍しいお話をお楽しみ下さい。


 山の国キルギスでは夏には美しい自然を眺めながらハイキングを楽しめる

会員の方々には世界の山へ遠征登山をなさる方も多いと思うが、中央アジアの山岳国家キルギスをご存じだろうか?
ユーラシア大陸の真ん中に位置し、東は中国・新疆ウイグル自治区、北はカザフスタン、西はウズベキスタン、南はタジキスタンに囲まれ、7000メートル級の天山山脈を仰ぐ国だ。母国語はキルギス語だが、1991年まで旧ソ連に属していたことから、公用語はロシア語で、今も政治的にはロシアと協力関係が続き、経済面では中国の影響を受けている。
私は2018年から2020年まで、この国の小中一貫校で日本語を教えていた。コロナ禍で一時帰国後、再渡航できずにいたが、今春、4年ぶりに彼の地を踏み、授業に出て児童・生徒や同僚の教員と再会を喜び、現地の友人達とハイキングをしたり、過去に行けなかった地域への旅もした。
思いがけず広報委員会からキルギスについての投稿依頼をいただき、何を書くべきか悩んだが、現地の様子が分かる明るい話として「バザール」を、同国が抱える課題として「大気汚染」をテーマに選んでみた。ご興味があればお読みいただけるとうれしい。


 バザールの野菜・果物売り場はすべて量り売り。特に春から夏は地元の果物が並んで賑やかになる

初っ端から「大気汚染」などと不穏な言葉が出ると、キルギスのイメージが崩れるかもしれないが、本NPOには大気の専門家が多くいらっしゃると思うのであえて記したい。
この国は自然が豊かで、山や湖の周辺では澄んだ空気を吸うことができる。だが首都ビシュケクやその近郊では屋外での深呼吸をためらう。何しろ赴任初年度の初日から、着ている服や髪が1日で汚れるのではないかと不安になった程だ。
空気が汚れる主な原因は冬季の暖房と車の排気ガスである。
排ガスについては、トラックやバス、自家用車いずれも他国でお払い箱になった中古車を輸入したり、旧ソ連時代のものを手直ししながら長く使っているので、先進国が3、40年前に抱えていた排ガス問題を考えれば現地の状況はおよそ想像がつくと思う。ただ今春渡航した際には、以前より新しいモデルの車が増えていて、吐き出される黒い煙は大分減っていた。自動車生産国の技術開発の波が順次届けば、排ガス問題はある程度解決されるのかもしれない。
しかし冬季の暖房については、解決の目途が立っているようには見えない。キルギスの冬は寒く、氷点下20℃を下回ることもあり、しっかりした暖房設備が欠かせない。かつてのペチカにかわり、現在は室内の壁に据え付けられたパネルに温水を循環させるセントラルヒーティング(集中暖房)が採用されている。
ビシュケクではこの温水を市街地付近で一括してつくり、全戸に供給する仕組みなのだが、温水をつくる燃料は石炭である。そして、つくっている建物の大きな煙突からは灰色の煙が一日中もうもうと吐き出され、空を覆っている。ビシュケク近郊でもセントラルヒーティング用に温水をつくる場所がそれぞれにあって、やはり煙突からは灰色の煙が漂っている。どう見ても、前時代の処理能力の設備のまま煙が排出されているとしか思えない。
住民は皆、この大気の汚れを苦々しく感じており、ある中学生は「私が大統領になったらあの大きな煙突を無くしてやる!」と息まいていたが、「じゃあ暖房はどうするの?」と聞くと、答えに窮していた。雪や雨が降ると「空気がきれいになる」と喜ぶ声が聞こえてくるのだが、根本的な解決策のない中での慰めでしかない。
最新の煤煙処理技術が導入されないのは、単に財政難なだけなのか、首をかしげざる得ない。政治や経済の事情まで勘案してこの問題を深掘りするつもりはないが、観光シーズンの夏に味わえる真っ白な山と透明な湖の美しいイメージとは裏腹に、冬になれば街の空気が汚れていくことを外国の人々にも知ってもらい、環境問題は先進国の取り組みだけで解決しないことを改めて感じて欲しい。

どんよりした話の後は、買い物で気分を明るくしよう。
キルギスのバザールは、くまなく歩くと数時間かかる巨大なものから、2~30分でまわれるこじんまりした所まで規模は様々だが、いずれもその地域での生活必需品がほぼ揃っている。一般にシャッター付きの店が入居している建物の周辺を屋台店が取り囲んでいる形態で、さらにバザールへ向かう沿道でも、許可を得ているか否か不明ながら、椅子とテーブルを置いて品物を並べている人たちがいる。
トルコのイスタンブールのバザールのようにお土産品にしたくなるようなきらびやかな品は少なめで、異国情緒あふれる観光スポットというイメージはないし、埃っぽくて雑然としている。だがその分、地域住民の素の買い物風景を見ることができる。
大抵は雑貨、家電、衣料、食料品など種類別に店が集まっているが、目の前の店と隣の店、向かいの店と見比べても、同じような品が似た値段で売られていて、品質の差もよく分からない。大繁盛で行列のできる店もなければ閑古鳥が鳴く店もなく、時間を持て余した店主同士が世間話をしている様子などを見ると、他店との差別化への努力や販売競争はないのか、顧客はどんな基準で買う店を選んでいるのかと不思議になる。
馬の蹄鉄のような家畜関連製品やカザンと呼ばれる大きな調理鍋など、日本では見かけない道具が並ぶ売り場も面白いが、誰もが興味を持つのはやはり食料品だろう。
なかでも日本人が圧倒されるのは肉売り場かもしれない。イスラム教の国なので豚肉の需要は少なく、売られているのは主に牛肉か羊肉だ。足を踏み入れると一種独特の匂いが漂い、人の身長程の骨付き肉が天井から下がっていたり、羊の頭が正面を向いて鎮座していたり。


 肉売り場の一角。天井から大きな塊がぶら下がっている

10キロ以上あろうかというかたまり肉をむき出しのまま肩にぶら下げて運ぶ人もいれば、太く白い筒状の物体、つまり臓物がボンボンボンと並んでいたりもする。日本なら冷蔵必須の品々が常温で無造作に置かれていて腐敗が心配になるが、湿度が低いので大丈夫なようだ。
海がなく肉食中心のキルギスだが、わずかながら湖や川で獲れた魚も売られている。これまた冷蔵ケースではなくダンボール箱に積み重ねられて、くたびれた表情をしており、魚介類は鮮度が命と信じる身には理解し難い光景だ。
牧畜が盛んなキルギスでは乳製品も豊富だが、変わり種として目に留まるのは「クルト」と呼ばれる白い飴玉のような品だ。バター飴のようにも見えるがまったく違う。水きりヨーグルトから作られた携帯保存食である。かたくて、しょっぱく酸っぱい独特の味がする。日本人の口に合うとは言い難いけれど、試しに二つ三つ程買って口にしてみても良いだろう。


 しょっぱくて酸っぱい独特の味がするクルトの売り場。様々なサイズや形のものが並んでいる

私がバザールで頻繁に求めていたのは果物とドライフルーツ、ナッツ類だ。ナッツは周辺国からの輸入も多いが、くるみはキルギスの特産で、殻つきも売られている。割る手間はかかるけれど、あらかじめ剥かれているものより殻付きの方が鮮度が保たれて味も良い。
果物は秋から冬はりんごが増え、春になるといちご、さくらんぼ、夏が近づくとあんずやすもも、桃、すいか、瓜などが出回る。標高が高く栽培に適した土地柄とあって、国産が多数揃っている。外見も大きさも不揃いだし、傷やへこみのあるものも混ざっているが、裸のまま積み上げられていると、果物との距離が近く感じられ、ラップやビニール袋で商品を保護している日本の売り場よりもずっと購買意欲が湧く。
「これ、甘いの?」と店主に尋ねると、「食べてごらんよ」と答えが返ってくることもある。水で洗わずに口へ入れることに多少抵抗はあっても、やはり味は知りたい。洋服の裾で表面をちょっと拭いて、食べ比べて納得してから買う。味見をした分にお金を取られる訳でもなく、実におおらかだ。
どの品も価格はキロ単位で表示されていて、ロシア語初心者だった私には「〇〇グラムください」と注文し、店主の「△△ソム(キルギスの通貨単位)だよ」と言う返事を聞きとるのは、数の言い方を習得する絶好の機会になり得た。だが、いつも1回では返事を聞き取れず、店主は即座に電卓に数字を打ち込んで答えを私の目の前につき出してしまうので、結局、私の耳のロシア語への精度は高まらないままだった。
少々傷んだお安いいちごを量り売りでビニール袋に入れてもらうと、帰宅する頃にはいちごがぶつかり合って、袋の底が赤い汁であふれていたこともある。でも美味しさはそのままだし、量がたっぷりあるから多少の損失は気にならない。いちごやさくらんぼを500グラム位買って、ひとりで一気に食べ切るのは日常茶飯だったが、果物が高価な日本ではそんな豪快なことをする勇気は持てない。
ドライフルーツで気に入っていたのは、あんず(アプリコット)だ。乾燥で甘味が凝縮されているので、ナッツとともに食べると丁度良い。種付きのものは熱い紅茶の中に入れて少しふやかして食べたりしていた。ついでに種を割って中の「仁」を食べるとアーモンドのような風味がしてなかなかいける。考えてみれば杏仁豆腐の原料になるのだから美味なはずだ。
他にも、石窯で焼いた円盤型の「ナン」と呼ばれるパン、クッキーやハルバなど甘い物もたくさん並んでいるのだが、食べ物の記憶が頭の中で洪水のようにあふれ出しそうだからそろそろ切り上げよう。
もし皆さんが中央アジアを訪れてバザールへ足を運ばれる機会があったら、物珍しさから買い込んだ品々の重みで両手が痛くならないよう(筆者経験済み…)ご注意を!

以上、駄文を連ねてしまったが、キルギスという国にわずかでも関心を持っていただけたなら幸いである。

なお2019年からキルギスについての寄稿を続けてきた実業之富山のウェブサイトは今春なくなったのですが、その後も「キルギスからの便り」はnoteで綴っています。 (倉谷恵子)



注:空に手の届く研究現場から
(1)自由対流圏に集う研究者たち、「実業之富山」2018年1,41-51
(2)非日常の環境下で想定外の現象をつかむ ibid 2018年2,30-37
(3)世界規模境問題に貢献できる観測網を   ibid 2018年3,30-35
 


以上が、倉谷様のブログです。
キルギスの現状について、面白くて美味しい情報がいっぱいですね。
また続きを書いていたければと思います。

(広報委員会)

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