(その7)三島のジャンボさんNPOをつくるに続く)
2005年は御殿場市にとって市制施行50周年にあたっていました。記念行事として「富士山気象観測資料展」が8月3-11日に御殿場市民会館で行われましたが、その中で、8月6日には公開講座、「命をかけたプロジェクト”富士山測候所”」と題して、伊藤庄助氏の講演がありました。



富士山測候所で使われた気象測器の展示会もあり、講演を聞きながら見学したことを思い出します。

8月8日には「第12回 富士山高所科学研究会」が東大理学部1号館で行われ、7月18日の「富士山測候所見学会」の説明が櫻井芳由之氏より、文部科学省事務次官、岩井国土交通副大臣、気象庁長官、片山虎之助議員、塩谷文科省副大臣との面談について浅野勝己氏の説明がありました。

2005年の8月について、富士山高所科学研究会のページを見ると:

2005/8/31
東京
 第13回富士山高所 科学研究会会合
 10名程度
8/21-23
富士山
 無人化に伴う大気化学観測機器撤去 3名
8/18-20
富士山
 高所医学グループ研究利用
 12名

8月18日から20日にかけて、高所医学の研究者たち(黒部市民病院・高櫻英輔院長他12名・「高所環境における肥満治療の研究計画ーエネルギー消費量の増大とその分子生物学的機序ー」)の研究が行われています。

8月21日-22日:無人化にともなう大気化学観測機器の撤去作業が3名の研究者で行われました。

8月31日 東大理学部で「第13回 富士山高所科学研究会会合」が行われています。
渡辺豊博事務局長の「NPOへの移行」提案を受けて、主だった研究者による議論が、この間、東京農工大、つくば気象研究所などで並行して行われていました。

「利用する会」のイメージも「科学」「登山」「青少年」⇔「大気化学、高所医学、天文学、生態学、地質学など」に対して、資金をどうするか? というものでした。

「研究者の不安は、経営にどの程度責任を負ったら良いのか?」
「運営はNPO本体に任せて、研究者グループは使用料を対価として支払い、研究者に徹する?」
「運営会議は「科学」「青少年(教育)」「登山(ホテルや遭難救助なども含む?)それぞれのグループを作り、全体のまとめ役としての運営委員会の下に置く。運営委員会の委員長は渡辺氏しかいない。」
この時期は、気象庁からの借用条件が今のように厳しいものであることがわからず、可能性として「観光」も議論されたこともありました。
つくばの気象研究所グループと、大学・研究機関グループで立場の相違と意見の相違があり、また、
「富士山高所科学研究会」を残すという意見と研究会が全体としてNPOに移行するという意見があり、当初は研究会を残す意見が多数を占めていました。

なお、8月30日には『モバイル・ぐっど・モーニング』「今日は何の日?」シリーズの中で、柳沼淳子アナウンサーにより
富士山測候所は昨年2004年に無人化されてしまったのですが今から110年前の明治29年の今日、富士山頂に、気象庁富士山測候所前身、野中測候所が開設しました。
野中測候所は、大日本気象学会の野中至さんという民間人が私財を投じて建設したものでした。
と放送され、「富士山高所科学研究会・土器屋」宛に資料提供への御礼状と録画テープが送られてきました。

(広報委員会)
***************************
富士山測候所を活用する会では、ウェブサイトにて寄付を募っています。主旨や活動にご賛同いただけましたら、ぜひご支援をお願いします。
Paypayで寄付ができるようになりました。
paypay

ご寄附はこちらからお願いします
ご入会はこちらからお願いします