キーホルダーと避雷針の先端(岩崎洋山頂班長提供)

最近、スマホでフェイスブックを見ていたら、岩崎洋山頂班長のページに「懐かしい三角形」の写真がありました。

レーダードームが解体され、富士吉田のドーム館に運ばれたあとに残った部分をキーホルダーにして関係者に記念品にとして配られたものとか。厚さ1mm強のFRP (繊維強化プラスチック)板は、富士山頂で台風の強風や冬の北西風に耐えてレーダーを守っていました。

銀色の棒は硬質クロムでメッキされた銅無垢の避雷針の先端で、測風塔、マイクロ鉄塔、2号、3号庁舎のダクト吸排気口に取り付けられていました。お役目を終えたあと、岩崎班長が貰い受けて重たいものを担ぎおろしたとのことです。


 レーダードームがあった頃の冬の富士山頂(岩崎洋山頂班長提供)

これらが働いていた1964-1999年の35年間、富士山レーダーは台風の砦として、高性能の予報に貢献して多くの人命を救いました。2000年代になって、気象衛星の発達によってレーダー観測が終了しています。

その後、2004年に無人化、2007年からは本NPOが庁舎の一部を借用して研究・教育利用に活用していることはご存知のとおりですが、最近その件を他のブログにもご紹介するチャンスもいただきました。

また、富士山測候所の歴史を調査研究しようとする有志による同好会『芙蓉日記の会』が本NPOの中で活動中ですが、この会に所属する Martin Hood 氏(『日本百名山』の英訳本『One Hundred Mountains of Japan』の訳者)が、最近レーダ建設当時の映画を観て、自身のブログ「A Meizanologist's Library (119)」に投稿しています。

Even so, after an hour or so of highly convincing re-enactions, we had to remind ourselves that Fuji-sanchō is just a movie. The movie, in turn, drew on a 1967 novel of the same name – whose author, Nitta Jirō, had been the actual leader of the radar station project a few years earlier. So the underlying events have been twice filtered through the prism of fiction.

In the end, it’s probably futile to try disentwining fact from fantasy. If Fuji-sanchō isn’t exactly documentary, then it shows what history should have been like. And it does that very entertainingly. It's no surprise to learn that Fuji-sanchō did well at the box office too.

(日本語訳)
それにしても、1時間ほどもあの迫真の演技を見せつけられると、これが単なる映画であることをつい忘れそうになってしまいます。映画の原作は、1967年に出版された同名の小説です。著者の新田次郎は、その数年前に実際に富士山頂でのレーダー設置プロジェクトを指揮した人物でした。つまり、実際に起きた出来事は「小説」と「映画」という二つのフィルターを通して描かれているわけです。 結局のところ、どこまでが事実でどこからが創作かを見極めようとするのは、あまり意味がないことかもしれません。もしこの『富士山頂』が完全なドキュメンタリーではないとしても、そこには「こうであってほしかった歴史」が見事に描かれています。しかも娯楽作品として非常に面白い。この作品が興行的に大成功を収めたのも、納得の結果と言えるでしょう。

 映画「富士山頂」(Martin Hood氏のブログより)
今年で20周年を迎える本NPOは、このようにNPO設立前の古い話も集まる場所になっています。

(広報委員会)



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