太郎坊のそよ風

認定NPO法人 富士山測候所を活用する会 オフィシャルブログ

2010年10月


2010年度富士山測候所 研究報告書(速報 その9)

氏 名:保田 浩志 Hiroshi YASUDA
所 属:独立行政法人放射線医学総合研究所

National Institute of Radiological Sciences

共同研究者氏名・所属: 

矢島 千秋・放射線医学総合研究所

鳥居 建男・日本原子力研究開発機構

鴨川 仁・東京学芸大学教育学部

徳丸 宗利・名古屋大学太陽地球環境研究所

他協力者数名

Kazuaki YAJIMA, National Institute of Radiological Sciences

Tatsuo TORII, Japan Atomic Energy Agency

Masashi KAMOGAWA, Department of Physics, Tokyo Gakugei University

Munetoshi TOKUMARU, Solar and Terrestrial Environmental Laboratory, Nagoya University

Other several collaborators

研究テーマ: 高高度宇宙線環境のリアルタイムモニタリング

Real-time Monitoring of High-Altitude Radiation Environment

研究結果:

 太陽活動の急激な変動に伴う航空機内での被ばく線量の変化を実測データに基づき正確に評価するため、我が国で最も標高の高い(大気厚の薄い)富士山頂において宇宙線をリアルタイム計測し、モデル計算との照合によって上空(10~12km)の線量を推定する手法の開発と実用化に取り組んだ。4年目となる今夏は、高エネルギーの宇宙線を粒子種ごとに弁別測定する技術の検証と、消費電力を抑えた測定系を用いた通年観測の実現を主な狙いとした。

宇宙線の測定には、独自に新規製作した粒子弁別機能を持つ複合型シンチレーション検出器を2セット、小型のシンチレーション式中性子サーベイメータ、減速材付中性子測定器(レムカウンタ)、電離箱式サーベイメータ、及びエネルギー拡張型中性子モニタを使用した。これらの測定器に、それぞれ専用データロガーや高圧電源、ノートPC、安定化電源(UPS)等を接続して観測を実施した。

測定場所には、1号庁舎2階及び3号庁舎工作室を借用し、それぞれラックを組んで装置を配備した(図1)。それぞれの場所には長距離無線LANの通信機器を設置し、御殿場市内にあるNPOの基地及び本栖湖の南にある名古屋大学富士観測所にアンテナを置き、研究代表者の勤務先(千葉市の放射線医学総合研究所)で観測データを常時モニタリングできるようにした。なお、御殿場方面の無線LAN回線は、他の研究チームのデータ通信や山頂班の連絡用にも提供した。

上記の測定装置すべてを用いた宇宙線観測は2010年7月12日から開始、8月25日の撤収時まで約44日間継続した。その間落雷などによる停止は無く、安定してデータを取得できた。得られた実測値は、大気中宇宙線強度を計算するモデル(PARMA/EXPACS)による予測値と比較し、よく一致することを確認した。

また、8月26日から、3号庁舎工作室にエネルギー拡張型中性子モニタ、専用データロガー及び長距離無線LANアンテナを設置し、フィールド用の充電型リチウムイオンバッテリー24個を接続して、通年観測を目指した連続観測を開始した。消費電力を抑えるため、システムは6時間ごとに自動で起動し通信を行うようにし、富士観測所に設置した受信用の機器及び携帯電話会社のインターネット回線を介して遠隔でデータを取得できるようにした。2010年9月末現在、順調にデータは取得できており、通年での宇宙線被ばくモニタリングの実現に道が開けた。

本研究では雷雲で発生する放射線の検出も狙ったが、今夏は有意な事象は観測されなかった。

今後は、粒子弁別機能を持つ測定装置のデータ等について入念な解析を行うとともに、通年観測データから太陽磁場強度及び上空の線量を常時推定するためのプログラムの開発に取り組む。そして、将来には、日本人の宇宙線被ばくを監視する拠点を富士山頂に構築したいと考えている。


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図1. 旧富士山測候所1号庁舎2階に設置した宇宙線観測装置(左)と

3号庁舎工作室に設置した長距離無線LAN機器と中性子測定装置(右).


Fig.1  Instruments for cosmic radiation measurements in the 1st building (left)
and those for long-distance neutron monitoring in the 3rd building (right).





英文:

We have developed cosmic radiation monitoring system in the Mount Fuji Weather Station, the highest place in Japan, to estimate cosmic radiation exposure at aviation altitude in relation to solar activity changes.

For real-time, accurate dosimetry of cosmic radiation exposure, several advanced instruments for cosmic radiation measurements were installed in the Mt. Fuji Weather Station. The data were sent via two lines of long-distance wireless LAN to NIRS (Chiba, Japan) in real time.  Measurements continued from July 12 to August 25, 2010, for about 44 days.  The measured dose rates agreed well to an estimated value by model calculations.

Also, from August 26, we started automatic monitoring of neutron dose using a extended energy neutron monitor with 24 portable batteries and a newly developed data logger having communication controlling functions.  At the end of September, the system is working successfully.

Now it is considered that a basic system for continuous cosmic-radiation monitoring at the summit of Mt.Fuji has been established.  Based on this system, we are making a program to determine solar magnetic potential and aviation doses in real time.

研究成果の発表:

1) Hiroshi Yasuda、Kazuaki Yajima: Characterization of Radiation Instruments at the Summit of Mt. Fuji. Radiat. Meas. doi:10.1016/j.radmeas.2010.06.014, 2010.

2) Kazuaki Yajima、Hiroshi Yasuda: Measurement of cosmic-neutron energy spectrum at the summit of Mt. Fuji. Radiat. Meas. doi:10.1016/j.radmeas.2010.06.032, 2010.

3) Hiroshi Yasuda, Kazuaki Yajima et al. Effective dose measured with a life size human phantom in a low Earth orbit mission. 16th Solid State Dosimetry Conference, Sydney, 2010.9.

(参考)
プロジェクト計画: 高高度宇宙線環境のリアルタイムモニタリング






2010年度富士山測候所 研究報告書(速報 その8)

氏 名:キャリン・セレグリ  Karine Sellegri
所 属:物理気象研究所 フランス国立科学研究センター LaMP, CNRS

共同研究者氏名・所属: 

松木 篤 (金沢大学 フロンティアサイエンス機構)

ジュリアン・ブーロン(物理気象研究所 フランス国立科学研究センター)

Atsushi Matsuki  (Frontier Science Organization, Kanazawa University)

Julien Boulon  (LaMP, CNRS)

研究テーマ: 富士山山頂における新粒子生成の観測

New Particle Formation Events at Mont Fuji

研究結果:

    気候変動の問題でとかく槍玉に上るのはCO2などの温室効果ガスだが、実は大気中に浮遊する目に見えない大きさの微粒子(大気エアロゾル)も太陽光を吸収、散乱することで直接気候に影響を与えている。このほかにも大気エアロゾルは水蒸気が凝結して水滴を結ぶ『雲粒の種』(=雲凝結核)としても働くので、極端な話、そもそも大気エアロゾルがなければ雲は存在できず雨も降らなくなってしまう。このように大気エアロゾルは雲との関わりを通じて間接的にも気候に大きな影響を及ぼしている。

    研究テーマにもある「新粒子生成」とは文字通り新しい粒子が生まれることで、粒子の素となるガスが集まって粒子が新しく生成する現象のことを指す。通常、都市部の汚染大気のようにもともとたくさんの粒子が存在する状態では、既存の粒子にガスが吸着されてしまい、新しい粒子は生まれず粒子の数自体に大きな変化は起きない。しかし、比較的清浄な空気で一定の条件がそろうと爆発的に小さな粒子の濃度が増えることがある。この新粒子生成メカニズムについてはまだまだ不明な点が多く、雲の種が増える重要な過程の一つとして注目されている。

    この研究は、飛行機を使った観測などにくらべ、上空の清浄な空気を継続的に計ることができる『観測タワー』としての富士山の特徴を最大限に活かし、ガスと粒子の間をとりもつ大気イオン(ナノメートルサイズ、1mmの約1/1,000,000)の濃度変化を監視することで、新粒子生成の瞬間を捉えることを目的としている。2010年度夏の観測では昨年に引き続き、日本とフランスの共同研究チームが山頂にイオンカウンターを持ち込んだ。幸い観測は順調に推移し、1カ月以上にわたって連続的なデータを得ることができた。図1は8月5日に富士山山頂で観測されたマイナスイオン濃度の変動を示す。午前9時半前後に数時間にわたる急激なイオン濃度の増加と成長が見られる。この日の山頂は非常に穏やかな晴天に包まれ、雨天時に見られるレナード効果*のイオン増加パターンとは全く異なっていた。この例は新粒子生成がまさにその場で起きていたことを示唆している。今後は気象条件、微量ガス成分、より大きな大気エアロゾル濃度との比較を通じて、新粒子生成が起きる条件のより詳しい解析を行う予定である。

    *水滴が破裂するときに大気イオンが増加する現象。滝の近くなどでマイナスイオンが多いと言われる要因。

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図1. 2010年8月5日に富士山山頂で観測された大気中マイナスイオン個数粒子径分布の時間変化



Figure1. Ion number size distribution (negatively charged) measured at the summit of Mt. Fuji

on 5 Aug 2010.



英文:

    Climate change is not just about CO2, but microscopic particles (atmospheric aerosols) also play a major role. They regulate today’s climate either by interfering with solar and terrestrial radiation, or indirectly by acting as seeds of cloud (or cloud condensation nuclei) upon which water vapor condense onto. In short, without the aerosols, there will be no cloud (or rain).

    The “new particle formation” in the title literally refers to an event by which new particles are formed in the atmosphere through condensation of precursor gases. Such gases are often adsorbed on preexisting particles (e.g. in polluted environments) and there will be no net change in the number of particles. On the other hand, explosive blooms of tiny particles have been observed in rather clean environments. The condition or mechanism that triggers the new particle formation is still not very well understood, but attracted much attention as an important pathway for increasing the number of cloud condensation nuclei.

    This project aims at capturing the exact moment of new particle formation by monitoring the concentration of atmospheric ions (nanometer sized, 1/1,000,000 of millimeter) which mediate gases and particles. Unlike airborne measurements using aircrafts, the project takes full advantage of the summit of Mt. Fuji (3,776m) as a “monitoring tower” for continuously measuring rather clean air aloft. Since last year, joint French and Japanese team has been installing an ion counter at the summit during summer season. The 2010 campaign ended in an overall success with over one month’s worth of continuous data. Figure 1 shows the variation of negatively charged ion concentration in 5 August, 2010. There was a drastic increase and growth of ions around 9:30LST lasting more than few hours. On this day, weather was fine at the summit and the ion growth pattern was completely different from that typically found during rain (Lenard effect*). This example strongly suggests that the new particle formation indeed took place at the site. We plan to compare with the meteorological parameters, trace gases and aerosol concentrations to analyze the condition of such event in more detail.

*Lenard effect: phenomenon by which atmospheric ions are formed through bursting water droplets.

研究成果の発表:

    国内外の学会等で順次解析結果を発表し、日仏チーム共同で科学雑誌での論文発表にむけた準備を進める予定。

(参考)
プロジェクト計画: 富士山山頂における新粒子生成の観測






2010年度富士山測候所 研究報告書(速報 その7)

氏 名:兼保直樹 Naoki KANEYASU
所 属:産業技術総合研究所 National Institute of Advanced Industrial Science and Technology

共同研究者氏名・所属: 

片山葉子 東京農工大学

Yoko KATAYAMA Tokyo University of Agriculture and Technology

研究テーマ: 富士山頂における太陽光発電による地表オゾン観測のための予備的研究

(この研究は「富士山における排ガスフリーマイクログリッド構築の具体化に関する研究」の一部を構成する)

Preliminary study of surface ozone measurement at the summit of Mt.Fuji with a solar-powered instrument

研究結果:

   富士山頂で商用電源が使用できない夏季以外の季節を含めた通年観測のために、自立電源である太陽光発電パネルを用いた大気測定機器の運用の可能性を探るため、太陽光発電パネル(公称30W)×4枚によるオゾン計の運用実験を行った。太陽電池パネルは水平面に設置した(図1)。バッテリーには、冬季の運用を想定して南極でも使用されている耐低温モデル(サイクロンG)×2個を使用し、屋外に置いた防水ボックス内にオゾン計とともに設置した(図2)。


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図1 6t水槽上に水平設置された太陽光発電パネル      図2 6t水槽脇に置いた防水箱内に設置されたオゾン計・バッテリー・コントロールユニット




   7/21日の運用開始から8/6までは、バッテリーによる電力供給を節約するため間欠タイマーによりオゾン計の動作を毎2時間のうち1時間だけとし(1日12時間運転)としたところ、比較的好天が続いたこともあり、全期間でオゾン計は停止することなく稼働し、かつ、2時間に1回のデータであっても、オゾンの日内変動をある程度再現できることが判明した(図3)。



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図3 山頂で測定された地上オゾン濃度の時系列





   8/6~16までは、間欠タイマーを外してオゾン計を連続運転とし、どのような状況まで停止せずにオゾン計が稼働するかのテストとした。この期間、天候が比較的悪く、気象庁測定の日照時間がゼロの日が2日続くと、バッテリー電圧は充放電コントローラーの保護回路が働く11.5Vを切ることが生じ(図4)、これによりオゾン計も2日半程度停止した。

最後の8/16~23日までの期間は、充放電コントローラーのバッテリー保護回路をバイパスして、バッテリー電圧が何Vまで低下したらオゾン計が停止するかを調べるテストも兼ねた運転を行った。ところが、この期間は好天が続き、連続運転を行ってもバッテリー電圧は未明の11.8Vまでの低下で止まっており、オゾン測定に欠測は生じなかった。d6b0c27d.png

図4 オゾン計・太陽光発電パネルに接続されたバッテリーの電圧と日照時間の時系列





以上より、(1)本テストでは太陽光発電パネルの発電量に比べてバッテリーの容量が少なかったこと、(2)このため、今後地上で行う冬季のテストにはバッテリー容量を増やして非晴天時の続く条件に対する動作をテストすべきこと、(3)1/2の時間の運転でも、オゾンの日内変動はほぼ再現可能であること、などが判明した。

 (*)この研究の一部は新技術振興渡辺記念会からの受託事業として行なわれた。

英文:

Surface ozone monitoring without using commercial power supply was tested at the summit of Mt. Fuji.  An ozone monitor was operated powered by photovoltaic cell and seal batteries with several operation scenarios.  With the solar-powered system, time series of ozone concentration was successfully obtained during the summer campaign.  Based on this result, additional apparatus and the improvement of the solar power system is to be designed for constructing the year-round ozone monitoring system in the near future.

研究成果の発表:

 本研究は新たな科学的知見を取得することを目的としたものではないため、現在のところ学会での発表予定はない。

(参考)
関連プロジェクト:富士山頂における排ガスフリーマイクログリッド構築の具体化に関する研究
関連ブログ:太陽光パネルが取り付けられました。






2010年度富士山測候所 研究報告書(速報 その6)

氏 名:山本正嘉  Masayoshi Yamamoto
所 属:鹿屋体育大学  National Institute of Fitness and Sports in Kanoya

共同研究者氏名・所属: 

笹子悠歩 鹿屋体育大学 

Yuuho Sasago National Institute of Fitness and Sports in Kanoya

研究テーマ: 高齢者による富士登山時の生理的負担度の測定評価

Measurement of physiological stress during climbing Mt. Fuji of high-aged people

研究目的:

富士登山の人気は最近特に高まっている.夏になると,老若男女が約40万人も登山をするが,その中には登山が初めてという初心者も多くいる.しかし富士山は,技術的には容易でも体力的な負担度は非常に大きく,そのうえ高度(低酸素)の影響も強く受ける.実際に毎年,これらのストレスが原因と思われる事故も多く起こっている.

このような事故を防止するためには,まず,富士登山中に身体がどのようなストレスを受けているのかを,客観的なデータで表すことが必要である.そして,それに基づいた具体的な安全対策を示し,広く啓蒙していかなければならない.しかしこれまで,このようなことはほとんど行われてこなかった.

我々は,富士登山中の様々な場面(行動中,生活中,睡眠中)を対象として,各種の生理応答を測定してきた.過去3年間の研究により,登山経験の少ない若年者および登山経験の豊富な中高年者のデータは得ることができた.そこで今年度は,登山経験の少ない高齢者を対象として,同様の測定を行うこととした.  
 
方法:

対象者は65~73歳の男女9名で,平均年齢は68.4歳であった.彼らは,富士宮口の五合目(2400m)から登山を開始し,1日目は元祖七合目(3010m)の山小屋に宿泊,2日目には山頂に到達して測候所に宿泊し,3日目には同じコースを下山した.過去3年間の研究では,被験者は五合目から1 日で山頂に到達し,山頂で2泊した後に下山をしていたが,今年度は年齢および体力レベルを考慮し,2日間をかけて登頂した点が異なっていた.

測定項目は,動脈血酸素飽和度,心拍数,歩行時の主観的運動強度(つらさ),歩行時に身体が地面から受ける衝撃強度,高山病の自覚症状(AMSスコア),安静時の血圧などであった.

結果と考察:

A.今年度の結果の概要

(1)動脈血酸素飽和度:この指標は,体内の酸素の量を表すものである.五合目付近での安静時には90%前後,登高時には80%前後の値であった.しかし高度が上がるにつれて低下し,山頂付近まで行くと安静時では75%前後,登高時では60%台となった(左図).また睡眠時の値は,元祖七合目では70%台,山頂では60%前後と,登高時なみの低値を示した.低地の医療現場では,動脈血酸素飽和度が90%を下まわると酸素吸入を行う.このような基準から見れば,富士登山中の値は異常とも言えるほど低く,身体は極度の低酸素ストレスを受けていることがわかる.

(2)心拍数:心臓の活動状況を表す指標で,心臓にかかる負担度を表しているともいえる.この値は,登高中は1分間あたり140拍程度で推移しており,被験者の年齢から推定される最高心拍数(本被験者の場合は 220-68.4=151.6拍)の92%に相当した(右図).持久的な運動時に,心臓に過度の負担をかけない心拍数のレベルとは,最高心拍数の75%以下であるとされている.したがって富士登山の場合,心臓にも非常に大きな負荷がかかっており,その状態で何時間もの行動をしていることになる.

(3)主観的運動強度:運動中に感じる「つらさ」を数値化した指標で,11が楽,13がややきつい,15がきつい,17がかなりきつい,と表される.登高中の値を見ると,1日目が13~15,2日目は14~16となり,高度が上がると「きつい」と感じることが多かった.持久的な運動時に,身体に過度の負担をかけないレベルとは,13(ややきつい)以下であるとされる.したがって主観的運動強度から見ても,富士山の登高時には大きな負荷がかかっていることが窺える.

(4)衝撃強度:加速時計を腰部に装着し,歩行中に身体が地面から受ける物理的な衝撃を表した指標である.登高中は1.5前後,下山中は1.9前後となった.これらの数値はどちらも,低地でゆっくり歩いた場合と同程度であり,物理的な衝撃強度は低かった.

(5)AMSスコア:急性高山病の自覚症状を表す指標である.1日目,2日目ともに,行動時間が長くなるとともに「疲労/脱力感」の値が増加したが,その他の指標については低値で推移していた.また2日目に山頂で宿泊した翌朝(3日目朝)には,「頭痛」のスコアが高値を示した.これは山頂での睡眠時に動脈血酸素飽和度が大きく低下し,一部の者で急性高山病を発症したためと考えられる.

(6)血圧:低地での最高・最低血圧は,それぞれ121mmHgおよび75mmHgであった.しかし七合目では150mmHgおよび90mmHg,山頂では160mmHgおよび90mmHg程度と,大幅な上昇が見られた.


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B.昨年度の結果との比較

今年度は,登山経験の少ない高齢者9名を対象として測定を行った.その結果を,昨年度測定したベテランの中高年登山者7名(平均年齢63歳,登山経験28年)の値と比べてみると,以下のような特徴が見られた.

(1)動脈血酸素飽和度:登高中の値について,今年度と昨年度とで同じ高度において測定された値を比べてみると,今年度の方が休憩時,行動時ともに低値を示していた.また,山頂(測候所)での睡眠中の値も,今年度の方が低かった.今年度は2日がかりで山頂に到達しており,登高速度もかなりゆっくりであったため,高所に順応するという面からは有利であったと考えられる.それにも関わらずこのような結果であった理由として,今年度の被験者の方が年齢が高かったことや体力が低かったことが関係していると考えられる.

(2)心拍数:登高時の値について推定最高心拍数に対する相対値に直して比べてみると,今年度の方がゆっくり登っているにもかかわらず,昨年度の値よりも高値を示した.

(3)主観的運動強度:登高時の値について比べてみると,今年度の方が昨年度よりもゆっくり登っているにもかかわらず高値を示した.

(4)衝撃強度:登高時の値は,昨年とほぼ同様であった.また下山時の値については,昨年度よりも低い値であった.これは,今年度の方が歩行速度がゆっくりであったためと考えられる.

(5)AMSスコア:「頭痛」については,今年度の被験者の方が昨年度の被験者よりも低かった.これは山頂に到達するまでに2日間をかけているために,高所順応がより進んだためと考えられる.一方,「疲労/脱力感」については昨年度よりも高値を示した.これは登山経験が少なく,体力も低かったことが関係していると考えられる.

まとめ

富士登山中には,行動時はもとより安静時,睡眠時といった全ての場面で,身体の様々な部分に非常に大きなストレスがかかることがデータで確認できた.特に,登高中と睡眠中の動脈血酸素飽和度は著しく低く,これらの局面で身体が受ける低酸素ストレスは非常に大きいことが窺える.また登高中の心拍数も推定最高心拍数の90%以上と心臓には非常に高い負担がかかった状態で,長時間(1日あたり3~5時間)の運動を行っていることも注意すべき点といえる.

このような傾向は,これまでに測定対象とした登山経験の乏しい若年者や,登山経験の豊富な中高年者においても同様に見られたことである.ただし,今回の被験者の場合,年齢が高いことや体力が低下していることも関係して,相対的に見るとより大きなストレスを受けている可能性が考えられた.

冒頭に述べたように,富士山では毎夏,数十万人もの老若男女が登山をするが,その中には高齢者,体力のない者,登山の初心者も多い.このような人たちが本研究で示したような身体への強いストレスの存在を知らずに登山することは,非常に危険なことである.富士山での登山事故を防止するためには,本研究で得られたデータに基づいて具体的な安全対策を作成し,啓蒙していく必要がある.

英文:

Climbing Mt. Fuji is very popular for Japanese and thousands of people including, high aged people, children, and beginners aim to the top in summer. But physiological stress is considered to be very large because its height is near 4000m. Actually many accidents occurs every year. So the purpose of this study was to estimate various physiological and mechanical stresses in climbing Mt. Fuji such as arterial oxygen saturation (SpO2), heart rate (HR), systolic and diastolic blood pressure (SBP, DBP), perceived exertion rate (RPE), acute mountain sickness score (AMS), ground reaction force during walking etc. The subjects were nine high aged men and women (>65 yrs). On the first day, they went up from 2400m to 3010m and stay there, next day they reached the summit (3776m) and stayed there, and the third day they went down through the same way. In the results, SpO2 at rest was about 90% at 2400m, but decreased to 75% at the top. The SpO2 during ascending was as low as 60% near the top. The SpO2 during sleep at the top was also remarkably decreased to 60%. The HR during ascending was estimated above 90%HRmax. The SBP and DBP at sea level were 121mmHg and 75mmHg, but increased to 160mmHg and 90mmHg at the top, respectively. These results suggest that physiological stress in Mt. Fuji is very serious for high aged people especially during ascending as well as during sleep.

研究成果の発表:

学会発表・・・2011年度の日本登山医学会で発表予定

論文発表・・・2011年度の『登山医学』に発表予定


(参考)
プロジェクト計画:高齢者による富士登山時の生理的負担度の測定評価
関連ブログ:2年越しの富士登山






2010年度富士山測候所 研究報告書(速報 その5)

氏 名:竹谷文一(Fumikazu Taketani)
所 属:海洋研究開発機構 (JAMSTEC)

共同研究者氏名・所属: 

兼保直樹・産業技術総合研究所(Naoki Kaneyasu ・AIST)

金谷有剛・海洋研究開発機構(Yugo Kanaya・JAMSTEC)

研究テーマ: 富士山頂におけるPM2.5エアロゾル粒子の動態解明および反応性測定

Investigation of origin, composition and reactivity of PM2.5 at summit of Mt. Fuji

研究結果:

大気中を浮遊している直径2.5 m以下の微粒子(PM2.5エアロゾル粒子)は、大気汚染による人体への健康被害への影響だけでなく、太陽光の散乱や雲生成に関わるなど、地球への気候変動に影響を与えている。エアロゾルの濃度、成分には気象、発生源、輸送が大きな影響を及ぼしている。その変動要因を探るためには、濃度や成分の経時変化の情報を得ることが必要不可欠である。富士山頂は自由対流圏の高度にあるが、夏季にはローカルな大気汚染の影響が生じる日中と、自由対流圏のバックグラウンド的影響が卓越すると考えられる。このことから、日中は国内(ローカル)からの影響を受ける場、夜間はアジア広域のバックグランドとしての場として考えられ、時間を区別することで異なる環境条件における測定が可能となる。本研究では、PM2.5エアロゾル粒子総重量濃度、光学特性(散乱係数)、黒色炭素の経時変化測定、および、エアーサンプラーによるフィルターサンプリングを行った。


昨年度と同様に、観測期間を通してPM2.5総重量濃度は日中に極大をとり夜間に極小をとる日変化をしていることが確かめられた。2台のハイボリュームエアサンプラを用いて、昼(10:00-19:00)と夜(0:00-5:00)を区別したフィルターサンプリングを行った。フィルターにより、採取したエアロゾルは、イオンクロマトグラフによる水溶イオン成分(硫酸塩、硝酸塩、アンモニウム、塩化物など)濃度の分析や熱分離・光学補正法によるECOC(元素状・有機炭素)分析、同位体分析などを行い、成分を明らかにしていく予定である。また、自由対流圏におけるエアロゾル粒子とHO2ラジカルの反応性測定の室内実験も、採取したエアロゾルを用いて行う予定である。

 
英文:

It is well known that particles whose diameter is less than 2.5  m (PM2.5) induce health issues as air pollutants and climate change via scattering sunlight and cloud formation.  It is important to observe temporal variations in the chemical composition, optical property and mass concentration of PM2.5 to clarify their sources and transportation of PM2.5.  To characterize behaviors of PM2.5 at the summit of Mt. Fuji, we measured total mass concentration, black carbon, and optical property of PM2.5 using a SHARP monitor an aethalometer and a nephelometer, respectively, and collected PM2.5 using high-volume air samplers in this study.  


We observed almost same trend at last year which the mass concentrations of PM2.5 in the daytime were higher than those in the nighttime.  Using two high-volume air samplers, we collected PM2.5 on quartz filters.  We controlled sampling time periods for the two high-volume air samplers to classify PM2.5 at daytime (10:00-19:00) and nighttime (0:00-5:00).  We are planning to analyze the chemical composition such as water-soluble compounds (sulfate, nitrate, and ammonium etc.), metals, organic and elemental carbon, and carbon isotopes of PM2.5 on the filters.  Also JAMSTEC team is planning to measure the reactivity of HO2 radicals using the sampled aerosol particles.

研究成果の発表:

日本惑星連合大会など

(参考)プロジェクト計画:
富士山頂におけるPM2.5エアロゾル粒子の動態解明および反応性測定



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3号庁舎西側に設置したハイボル






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