太郎坊のそよ風

認定NPO法人 富士山測候所を活用する会 オフィシャルブログ

カテゴリ: 歴史

(本NPOの20年を振り返る(その17)の続きです)


 2006年夏の山頂付近

「地球観測システム構築推進プラン」から正式に不採用の通知が来たのは6月15日でした。

落ち込んでいるNPOメンバーのところへ、気象庁企画室の長谷川企画調整官(のちの気象庁長官)から協議会の申し入れがありました。6月19日に、渡辺豊博事務局長(ジャンボさん)とともに浅野理事長、土器屋副理事長、高橋邦明監事、櫻井芳之事務局員で出かけ、気象庁側は長谷川直之企画調整官他5名が対応されました。

まず、NPOから「地球観測システム構築推進プラン」が不採用になった説明を行いました。

気象庁側からは「国有財産法の改正に伴う気象庁の対応について」課長補佐が説明し:
1.次年の4月以降富士山測候所を民間に貸し付けることができる。
2.貸付先については原則入札によって決定する。
3.使用目的は…富士山8合目より上は御神体となっており、浅間大社との関係から高い公益性のある事業が含まれることが求められ…気象庁としては当NPOは貸付の対象団体としてふさわしいと考えている。…その他貸付場所、期間、使用料、維持管理の規定などについて全体で10項目が提示されました。

続いて「庁舎維持管理費について」技術専門官から具体的な数値を上げた説明があり、
次回の「富士山測候所山頂庁舎等有効利用委員会」の開催について、7月下旬を考えていること、その際にNPOからある程度具体的な富士山測候所の利用案を提出してほしい旨の長谷川企画調整官の発言と、富士山測候所見学会についての吉見技術専門官からの具体的な提案があり、1時間超の会談が終わりました。

櫻井さんの当時のメールをご紹介すると
”この協議は長谷川企画官からの申し入れによるものです。気象庁の内部で富士山測候所の取り扱いについて大きな方向転換があったようです”
…とあります。測候所の「貸与」への視野が開けたと言えるでしょうか?

これは、当時山頂を利用していた科研費グループにも伝えられていました。

五十嵐康人・気象研究所主任研究官からNPOあてに企画室からも19日の話し合いの結果が伝えられ、
特に電源について
「当庁では、電源ケーブルの維持管理に多大な経費がかかることから、商用電源の使用は終了し、発発に切り替える方向で検討を進めています。…今回の研究や今後の取組においてこのことを踏まえ、商用電源に替えて発電機や電池を使うこともオプションの一つとして持っていた方がよろしいかと思います」…とあります。

塩谷前文部科学副大臣から渡辺事務局長に文部科学省坂本室長が地球観測プランに代わる助成金の案を持っている旨の連絡があったとのことで、呼び出しを頂いたのが、6月30日です。
ここから、JAMSTEC(独立行政法人海洋研究開発機構)とのお付き合いが始まります。

7月4日に、JAMSTECへ出向きました。詳しくは次回ご報告します。
(広報委員会)
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今回のブログは本NPOの20年を振り返る(その16)の続きです。

前回のブログにおいて、2006年6月の予定についてお話いたしました。
その1ヶ月前(2006年5月)に、認証記念シンポジウムという大きなイベントがありました。


 2006年5月26日のシンポジウムのポスターより

日時:2006年5月26日 18:30~
会場:新宿アイランドウイング15階の世界遺産ギャラリー
(当時はまだ富士山は世界遺産ではなかったのですが)にて行われました。

2006年4月28日の書類交付を受けて、
中村徹会長による挨拶から始まった本NPOの初めての公式行事でした。


 中村徹会長

土器屋由紀子副理事長(当時)より
「富士山測候所の高所科学拠点へのアプローチ」と題して、
プレゼンテーションからプログラムは始まりました。

その後、渡辺豊博事務局長をコーディネーターとする
パネルディスカッションが続きました。

パネリストとして、
元大成建設社員(NHKプロジェクトXでおなじみの)伊藤庄助氏、
元富士山測候所の所長であった福島晨次氏、手塚正一氏が
レーダードーム新庁舎の建設や
富士山測候所の山頂での当時の生活について講演。

コメンテーターは
浅野勝己理事長(当時)、岩坂泰信理事(金沢大教授)、山本智理事(東大教授)が務めました。

日本の技術の粋を集めて作られた富士山頂にある測候所の建物は、
まだ100年近く利用可能であるということや、過酷な富士山頂環境下での生活のノウハウなど会場からの質問も相次ぎ、熱のこもったディスカッションが続きました。

今振り返ってみても、
その後の私たちの活動の礎(いしずえ)になっているのだと強く実感させられました。
(広報委員会)

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本NPOの20年を振り返る(その15)2006年3月の続きです)

本日(2026年4月28日)は本NPOが内閣府から設立認証を受けて20年目になります。
20年前の2006年4月は、非常に慌ただしい時期だったことを思い出します。

本NPOにとって初めての新年度を迎えた矢先
当時の事務局長の渡辺豊博氏(ジャンボさん)から、突然の指示がありました。
「文部科学省ヒアリング(科研費ではなく、推進費のような枠組みだのだったと記憶しています)に行ってほしい。」というものでした。

ジャンボさん主導のロビー活動が実を結びつつあり、
議員立法による「国有財産の制度および管理処分のあり方」の成立に向けて本格化していました。
今回のヒアリングは、その制度を利用して(施設等を)借用した際の、
研究資金を獲得するための重要なステップでした。

私たちは急遽、東京大学の山本智教授の部屋に集まり、突貫工事で資料を作成。

6月に行われたのヒアリングには、私(土器屋)と山本教授が出向きました。
その時、使用したスライドが残っていましたのでご紹介します。







期待を胸に臨んだヒアリングでしたが、
結果は「気象庁の内諾が得られていない。」という理由で却下されてしまいました。

実は後になって分かったことですが、
前年から気象研究所・五十嵐康人主任研究官を代表とする
科研費(A)“
富士山体を観測タワーとしたエアロゾル諸特性の鉛直的観測研究“
が動いていました。
この計画には「科研費が続く間は測候所の電源を切らない」という
気象庁との合意が含まれており、私たちの提案は実行面で問題があると判断されたようです。

一方で、並行して私が江戸川大学から
研究代表者で申請していた科研費(基盤研究C企画)
“富士山プロジェクト『山岳極地高所研究拠点』の実現にむけて“が新たに通りました。
しかし、こちらは国際会議招集のための小規模なもので、
直接の山頂研究経費には繋がらないものでした。

文科省のヒアリングが不採択に終わったことで、
NPO内部には落胆の色が広がりました。
しかし、この程度の逆境でで怯むジャンボさんではありません。

「JAMSTEC」や、
今でも継続的にご支援していただいている「新技術振興渡辺記念会」との
運命的な出会いが待っていました。

その詳細は6月のブログにてご報告します。

(広報委員会、土器屋由紀子)
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前回に続く)




2006年3月の最初の週末、4日(土曜日)、5日(日曜日)に神田の学士会館で本NPO最初の国際シンポジウムが行われました。

第一日目の3月4日(土曜日)は主に研究者対応の講演会、2日目の日曜日は対象を広げて分かりやすい講演会という予定で、英語の講演には同時通訳をつけて始まりました。残っているプログラムから概略をご紹介すると:

会議Ⅰ「富士山測候所を活用するためのワークショップ」(平成18年3月4日:7:30-16:00)
①経過報告と富士山測候所活用プロポーザル:土器屋由紀子(江戸川大)
②プレゼンテーション:浅野勝己(筑波大、高所医学)、長崎成良(黒部市民病院、高所医学)、増沢武弘(静岡大、植物生態学)、山本智(東京大、宇宙物理学)、岩坂泰信(金沢大、大気化学)、兼保直樹(AIST、大気化学)三浦和彦(東京理科大、大気化学)
③海外研究者の紹介:中国・長白山(金潤信、大気化学)、ハワイマウナロア(Russell C. Schnell、大気化学)、スイス・モンテローザ山(Peter Bartsch、高所医学)
④フリーディスカッション
⑤まとめ「国際極地高所科学研究ネットワーク構築」へのアピール宣言草案の検討(渡辺豊博)

会議Ⅱ「富士山測候所国際シンポジウム」(平成18年3月5日:10:00-16:00)
①あいさつ:NPO法人富士山測候所を活用する会・会長 中村徹
②活用へのアピール:理事長 浅野勝己
③プレゼンテーション(1)金潤信、(2)Russell C.Schnell、(3)Peter Bartch
④パネルディスカッション:パネリスト(岩坂、増沢、増山、山本、Schnell,、Bartsch)、コーディネーター、渡辺豊博
⑤アピール宣言

英文の作成について、マウナロアのRuss Schnell 博士が、最後の日に飛行機のギリギリまで文案をねってくださったことを思い出します。このとき初めて知り合ったのですが、それ以来、本NPOについて、親身に考える国際応援団の一人になってくださっています。

NPOとして初めての国際集会で、なれない仕事をみんなで分担したのですが無事成功裏に終了、ホッとしました。大成建設・歴史環境基金を中心に、三菱電機株式会社、富士急行株式会社のご支援を頂いた会議でしたが、これを元に次のステップへ踏み出せたと思います。



余談としては、若い頃から世界中貧乏旅行をされたというSchnellさんが、割引航空券で来てくださったり、それぞれの研究者も使える経費を使って自前で参加したのですが、Bartsch 先生はご夫人同伴で日本観光を兼ねてこられ、高所医学の先生方が色々手配されたようです。
「境界領域・他分野研究グループ」のスタートにあたって、同じ研究者でも色々所属団体で「文化」がちがうことを発見した集まりでもありました。

なお政治の世界では、2006年3月23日の新聞には「政府資産”112兆円圧縮”」という記事が出ています。自治体向け、郵政公社向けの他に法人などへの、「貸付」が示されており、2006年1月18日付で財政審議会から谷垣禎一財務大臣あてに提出された、「今後の国有財産の制度および管理処分のあり方についてー効率性重視に向けた改革ー」を受けたものと思われ、富士山測候所の民間への貸出に関しても扉が開かれたと考えられます。

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 キーホルダーと避雷針の先端(岩崎洋山頂班長提供)

最近、スマホでフェイスブックを見ていたら、岩崎洋山頂班長のページに「懐かしい三角形」の写真がありました。

レーダードームが解体され、富士吉田のドーム館に運ばれたあとに残った部分をキーホルダーにして関係者に記念品にとして配られたものとか。厚さ1mm強のFRP (繊維強化プラスチック)板は、富士山頂で台風の強風や冬の北西風に耐えてレーダーを守っていました。

銀色の棒は硬質クロムでメッキされた銅無垢の避雷針の先端で、測風塔、マイクロ鉄塔、2号、3号庁舎のダクト吸排気口に取り付けられていました。お役目を終えたあと、岩崎班長が貰い受けて重たいものを担ぎおろしたとのことです。


 レーダードームがあった頃の冬の富士山頂(岩崎洋山頂班長提供)

これらが働いていた1964-1999年の35年間、富士山レーダーは台風の砦として、高性能の予報に貢献して多くの人命を救いました。2000年代になって、気象衛星の発達によってレーダー観測が終了しています。

その後、2004年に無人化、2007年からは本NPOが庁舎の一部を借用して研究・教育利用に活用していることはご存知のとおりですが、最近その件を他のブログにもご紹介するチャンスもいただきました。

また、富士山測候所の歴史を調査研究しようとする有志による同好会『芙蓉日記の会』が本NPOの中で活動中ですが、この会に所属する Martin Hood 氏(『日本百名山』の英訳本『One Hundred Mountains of Japan』の訳者)が、最近レーダ建設当時の映画を観て、自身のブログ「A Meizanologist's Library (119)」に投稿しています。

Even so, after an hour or so of highly convincing re-enactions, we had to remind ourselves that Fuji-sanchō is just a movie. The movie, in turn, drew on a 1967 novel of the same name – whose author, Nitta Jirō, had been the actual leader of the radar station project a few years earlier. So the underlying events have been twice filtered through the prism of fiction.

In the end, it’s probably futile to try disentwining fact from fantasy. If Fuji-sanchō isn’t exactly documentary, then it shows what history should have been like. And it does that very entertainingly. It's no surprise to learn that Fuji-sanchō did well at the box office too.

(日本語訳)
それにしても、1時間ほどもあの迫真の演技を見せつけられると、これが単なる映画であることをつい忘れそうになってしまいます。映画の原作は、1967年に出版された同名の小説です。著者の新田次郎は、その数年前に実際に富士山頂でのレーダー設置プロジェクトを指揮した人物でした。つまり、実際に起きた出来事は「小説」と「映画」という二つのフィルターを通して描かれているわけです。 結局のところ、どこまでが事実でどこからが創作かを見極めようとするのは、あまり意味がないことかもしれません。もしこの『富士山頂』が完全なドキュメンタリーではないとしても、そこには「こうであってほしかった歴史」が見事に描かれています。しかも娯楽作品として非常に面白い。この作品が興行的に大成功を収めたのも、納得の結果と言えるでしょう。

 映画「富士山頂」(Martin Hood氏のブログより)
今年で20周年を迎える本NPOは、このようにNPO設立前の古い話も集まる場所になっています。

(広報委員会)



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